隣恋Ⅲ~湯冷めた頃に~ 27話


※ 隣恋Ⅲ~湯冷めた頃に~ は成人向け作品です ※
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※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 湯冷めた頃に 27 ~

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 こんなにも正々堂々と悪事を告白されたのは、生まれて初めての経験だった。

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 呆気にとられているばかりではいけない。注意しなければ。そう思って口を開くけれども、やはり驚きの名残りで、たどたどしい物言いになってしまった。

「な、なに平然と言ってるの」
「だから、自分が悪い事してるって分かってるし、愛羽さんに言ったら絶対怒られると思ってたんです。だから黙ってたんですよ」

 苦笑して言う雀ちゃんは、「だからさっきも言ったじゃないですか」と反省しているのか、いないのか、分からない口調で言う。

「愛羽さんは私の事をいい子ちゃんだと思い過ぎなんですよ。私が大人しくしてるのは、貴女の前だからですよ?」

 また、分からない事を言い出す、この子は。

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 目を白黒させて彼女の言葉を必死に理解しようとするわたしに、雀ちゃんはやっぱり堂々と告げる。

「好きな人には良く思われたいでしょう? そりゃ猫被りますよ」
「え、ちょ……雀ちゃん?」

 待って、一体、何を言ってるの。猫を被るですって?

「まぁ良く思われたいっていうのもありますし、やっぱり一番は迷惑をかけたくないってのがありますけど。例えば私がお酒飲んだ事でお店に迷惑かかったり、愛羽さんに迷惑かかったら嫌じゃないですか」

 う、うん。それは分かるけど。

「でも大学の友達とかだったら、一緒にお酒飲んだら一蓮托生だし、相手も飲みたいって言ってるんだったら別に、自己責任だし、楽しく外でお酒飲んじゃいますよ。だって大学生ですもん」

 社会に出たらそんなこと出来そうにないですし、人生で一番遊べる時期はもうすぐ終わっちゃいますからね。
 と分かったような口を利く彼女。開き直ったように言う雀ちゃんに呆気に取られて、今度こそ、何も言い返せない。

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「それで、旅館でお酒飲んだことですけど」

 わたしが気にしていた温泉旅行の話に戻して、雀ちゃんは苦笑する。

「細心の注意は払いますけど、バレなくて迷惑かけてもいい人となら外でお酒飲む私ですから、お酒、飲みたくない訳じゃないんですよ?」

 だから。
 と続ける雀ちゃんは、優しい色を瞳に浮かべて私を見つめた。

「嫌々だけど、愛羽さんに言われたから飲んだって訳じゃないです。あそこは個室だったし、予約は愛羽さんの名前でしてもらったから私が未成年って情報はどこからも漏れていないし、知り合いも全く居ない訳ですから絶対にバレないと踏んで、自分の意思で飲んだんです」

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「それにあの時、愛羽さんがお酒を勧めてくれたのは、凄く嬉しかったです」

 雀ちゃんはわたしの頬に手を添えて、親指でキュッと撫でた。
 そんな優しい色をした目で見つめられながら、そんな優しい仕草を与えられると、泣きそうになる。

 ぐっと目頭に力をこめて、涙腺を締めるわたしに小さく笑みを零した雀ちゃんは頬を撫でていた手を離し、その手をわたしの背中へ回して、抱き寄せた。

「すみません。ずっと気が付いてあげられなくて」

 雀ちゃんの肩口に額を押し付けて、優しさのせいで胸が詰まって声が出せない代わりに、首を振る。
 気が付かなくて、当然だ。
 言わなければ、謝らなければ、と思う一方で、言って嫌われたりフラれたらどうしようという不安から、わたしは気持ちを隠してきたのだから。
 それを雀ちゃんが気が付いたら、それはもう完全なるエスパーだ。

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「そんな事って言ったら、こんなに悩んでくれてた愛羽さんに悪いですけど」

 苦笑を混ぜた声で前置きをした雀ちゃんは、わたしを抱き締めたまま、頭を撫でてくれる。

「愛羽さんがそんな事気にしてただなんて思いもしなかったです」
「気にするわよ……」

 だって雀ちゃんが他所では普通に未成年なのを隠して飲酒してただなんて知らなかったし。

「ずっと清く正しく生きてきてる子に、わたしの我侭でルールを破らせたんだって思ったら、……気にしないでいられないわよ」
「すみません。清く正しくなくて」

 雀ちゃんの顔は今見えないけれど、多分、眉尻を下げて情けない顔で笑っているんだろうなぁと予想する。
 声の調子からしてそこまで悪い事をしたとは思っていなさそう。だけど、わたしに対しては少し罪悪感がある感じかしら。

 でも、それがすこし救いにも思える。
 ここで雀ちゃんがもっともっと深刻に謝罪を受け止めて、もっと重たい空気になっていたらと想像してみると、今のこの空気の方が数倍いい。

 雀ちゃんにちゃんと謝る事が出来てよかった。
 彼女にとって”そんな事”と思える程度の事でよかった。
 嫌われなくてよかった。

 安堵の吐息をついて、雀ちゃんの腕に体を預けて、肩口に額を押し当てていると、雀ちゃんが何かに気付いたように、「うん?」と首を傾げた。

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 抱き締められていたわたしも、彼女が首を傾げるに合わせて少し体が揺れる。
 どうしたのかと肩口から顔を上げて間近にある雀ちゃんの顔を見上げた。

「愛羽さんの我侭って…なんですか?」

 質問の内容にビクリ、と一瞬で肩を跳ねさせたのがいけなかった。
 わたしを見つめる瞳がすぅっと細まる。

「愛羽さん、なんかまだ隠し事してそうですね」
「あの、えっと……」

 たどたどしく言い訳しようとする素振りも、マイナスポイントだろうに、動揺が収まらない。

「この際なんですから、全部、吐いてもらいますよ」

 いいですね、とまるで教師のような口調で言う雀ちゃんに、今回ばかりは逆らえそうになかった。

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