隣恋Ⅲ~夕立騒ぎ~ 5話


※ 隣恋Ⅲ~夕立騒ぎ~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 声も、快感に耐える姿も、たまらない。
 視覚を塞いでも、彼女の声を聞くだけでこちらまで疼きそうだった。

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 ~ 夕立騒ぎ 5 ~

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 ――始めたはいいものの……。

 狭い浴槽の中では、やはり動きが取り辛い。
 肘を引けば浴槽の内壁にぶつかる。
 足を伸ばそうとすればズンと突っ張る。伸ばしきれなかった脚はヘンに膝を立てるみたいになって邪魔で仕方ない。
 文句満載なプレイステージではあるが、それが逆に、愛羽さんの動きを止める効果も発揮しているので文句ばかりを垂らしてはいられない。

 快感に耐えかね逃げ腰の愛羽さんだけれど、広々としたベッドと違って、狭い浴槽に手間取り、私の手から逃れられず更なる快感を注がれていた。
 初めは抑えがちだった甘声も、今となってはそれなりだ。

 嬉しい限りだけど、リバーブのかかった彼女の嬌声は凶器でもあると私は先程から知ってしまって、正直焦っている。

「すず、め……ちゃん……んぁあっ」
「愛羽さん、背中も弱いですよね」

 ゆっくりと指で辿るだけで、背を反らして、かわいい声をあげる彼女。
 その姿は扇情的で、さらなる刺激を与えてしまいたくなる。

 しかし、愛羽さんはというと、ここが明るい場所だからなのか、若干抵抗の気が強い。
 強引に始めてしまったからかな……いいやでも、本気で嫌がってはなかったし……。

「やっ、や……ゾクゾクするから……っ」

 え?
 だから、愛撫の手を止めてくれって?
 何を言ってるんだ、愛羽さん。

「それがいいんじゃないですか」

 つい、意地悪を口にしてしまう。
 だって、「ゾクゾクする」だなんて褒め言葉じゃないか。私が調子に乗ってしまう気持ちも分かって欲しい。
 こちらはさっきから、水滴が伝い落ちる光景であったり、反らした背の窪みであったり、その他も多種多様さまざまな、そそる光景を見せつけられているのだ。
 愛羽さんが「やだ」とか「だめ」とか、可愛い声で禁じてくるから多少手加減をしているものの、今すぐ、もっと、調子に乗りたい気持ちは十二分にある。

 そんな充満したヤル気を覚ったのか、いやいやをするよう首を振った彼女はお湯を跳ねさせながら、逃げるよう膝立ちになった。

 愛羽さんは浴槽の縁に両手をついて、ぐっと身体を持ち上げている。
 彼女の体積分、湯の嵩が減ったおかげで、涼しい。思えば胸辺りまで熱い湯舟の中だったのだ。暑くて当然。なんなら、興奮だってしていたんだから、のぼせてもおかしくはなかった。

 だめだな。きちんとその辺りも配慮出来るようにならないと。
 夢中になってのぼせました、だなんて笑えないし、愛羽さんをのぼせさせちゃってたら……。
 想像するだけでもぞっとする。

 はーっ、はーっ、と荒い呼吸を繰り返している愛羽さんを横から見上げつつ観察すれば、若干肌が赤く染まっている。これはきっと、のぼせる一歩手前だったのではないだろうか。
 膝立ちになってくれて、良かったのかもしれない。
 が……。

 ――もしかして……だから嫌がってた?

 いやいやそれは、随分都合良く考えすぎだ。
 のぼせそうなくらいに暑くて膝立ちになった訳ではなく、ほんとに嫌がってたのかもしれないし。

 私は腕の中から逃げたひとを、すぐ追う気にはなれず、上から下へと眺めた。
 洗髪後、うえでまとめた長い髪は少々乱れて後れ毛が幾筋か零れている。俯いた顔の表情はあまりよく窺えないが半開きの唇は忙しない呼吸を繰り返していて、落ち着くには程遠いだろう。

 呼吸に合わせて上下する肩は、身体を腕二本で支えているせいできつく竦ませているようだ。
 上から覗き込めばきっと、鎖骨の窪みはくっきりと作られていると思う。

 肩から腕に添って、するりと視線をおろしていけば道中いやでも目につく胸の膨らみ。
 二の腕の向こう側。ふっくらとした二つの山は、両腕でぎゅむと寄せてあるのでいつも以上の標高だ。おまけに私がさっきまでしていた愛撫のせいだろう。ツンと尖った山頂が……。

 鼻息が荒くなりかけた自分を察知して、私は唾を飲み込みながら、視線をぐんと落とした。
 

「……」

 眼裏に焼き付いた山頂の形や色。瞬きしてみても、消えやしない。
 消えるどころか、私が腹の底へ抱えた欲を轟々と燃やし、煮立ててくるではないか。

 今、愛羽さんに逃げられたばかりだと言うのに。

 ドッドッドッと速い心音。合わせて血管が膨らんでいるみたいな感覚がする。

 ――暑……。

 内心呟く私の視界へ、不意に飛び込んだ彼女の下半身。
 私の脚の間から抜け出したものの、浴槽内にまだ留まっている愛羽さんの膝が、床へ着いていない。
 まるで湯舟からザバリとあがる途中のワンシーンを切り取ったかのように、浮かせたままの膝。突っ張るように肘を伸ばしきった腕二本で全体重を支えている。
 まだお尻の途中までお湯に浸かっているから、きっと浮力も働いてさほどきつくはないんだろうけれど……その姿勢をずっと続けるのは、たぶん彼女の腕力的にはきついんじゃないだろうか?

 妙な方向で心配を始めてしまった私の脳内は、どうしてだか、ピンと来た。
 いつも愛羽さんには「おばか」と呆れたよう微笑まれたり、店長には「バカじゃないの?」と半眼を向けられたりする私だが、この時ばかりはピンと来た。

 ――待ってくれてる?

 ――これ、追いかけるべき?

 だって、逃げるならもうとっくに浴室外へ逃げ切れるくらいの秒数は経っている。
 愛羽さんが私の腕の中から逃げだしてから、10秒、いや20秒は経ってるんだ。

 もう嫌で抱かれたくないなら、さっさと湯舟からあがって、脱衣場に出られる猶予はあったはず。
 なのに愛羽さんはまだそこに居る。

 荒かった呼吸はそれなりに落ち着きつつあるし、彼女がのぼせて身動きが取れない様子でも無さそうだ。

 私はゴクンと唾を飲んだ。
 これは……行っていいやつ、なんだよな……?

 元々無理強いはしたくなかったから、逃げられたら終わるつもりだった。
 だけど愛羽さんはちょっと素直じゃない所があるから、口では「やだ」と言いながらも、少しだけ強めに引っ張り込めば陥落してくれることが多々あるひとだ。
 強引にしたえっちでも、終わったあとには「きもちよかった」とかはにかみながらも言ってくれるし、嫌でなかったか確認しても「んーん」と照れくさそうに首を横に振る彼女。

 女には、ちょっと強めに来られる方がときめくのも居る。そう教わったし、実際そうだなぁと思う経験が私にはあった。だからある程度の強引さは必要だと認識はあるけれど……この塩梅がどうにも難しいんだ。

 ……大事にしたいと思うひとだから、なおさら。

 私はドクドクと強く打つ血流を感じながら、彼女の浮いた膝を見つめていた視線をもちあげた。
 ほのかに火照った肌色の脚を伝い、腰、腹、手首、肘、……見たいのを堪えて二の腕、肩、首、顎、そして幾筋か零れ落ちた髪が彩る横顔。

 一気に、愛羽さんの表情を確認すべく視線を持ち上げるのは、ハードルが高すぎた。
 もしかしたら、本当に抱かれるのが嫌で、こちらを冷えきった眼で睨め付けているかもしれないから。

 だからじわじわと。おそるおそると。
 私がずらして持ち上げた視線の先を確認した瞬間、愛羽さんと目が合ったことに、心底驚いた。

 見えない大きな手に心臓をガッと鷲掴みにされたような感覚に襲われ、それにも驚いた。

 視線がぶつかった、つまり、愛羽さんがこちらを見ていていた事にも。
 そして、自分の心臓がギュッとなった事にも。

 二重に驚いた私はゴキュルリと恥ずかしい音を立てて、唾を飲み込んだ。

「か……」

 か?

 嚥下で物凄く大きな音を立てた羞恥心を抱えていた私は、両眉を浮かせた。羞恥心も一瞬忘れ、彼女がなにを、どんな言葉を紡ごうとしているのか、待ち構える。
 そして、数秒後。

「……加減、してょ……」

 尻窄みに掠れていった愛羽さんの声。手加減を求めるそれは……続けることを許している。
 それに、そもそも。

 先程私の心臓を鷲掴みにしたのは、目が合った時の彼女の表情だった。
 色付いた肌の中でもいっそう、火照りに染まった頬。その下方には僅かにへの字を呈した血色の良いぷるりとした唇。上方には、潤んだものの嫌悪のけの字すら見当たらず、それどころか私の見間違いでなければ”はやく”だとか、”もっと”だとか、そんなような求めを湛える瞳が、こちらを見ていたのだ。
 まぁ、瞳の形状は愛羽さんらしく、私を少々にらんでいたのだが。

 だけどそのにらみは、全然こわくなくて、むしろ、かわいいとさえ思い、こちらの頬が緩みそうな具合だ。

 これらを総合して、私の心臓は鷲掴みにされたのだ。

「ごめ、んなさい」

 ぽつと零すような私の謝罪は、彼女の魅力に気圧されていたと言っても過言ではない。
 だって、「加減してよ」だなんて。

 さっきまでしていた愛撫がそんなに良かったのか。
 どのくらいならまだ耐えられるのか。

 野暮極まりない質問をしたくなるし、それらを投げかけなくとも、頬が緩んでしまう。
 愛羽さんは大人で、社会人で、OLとして培ってきたのだろう洞察力や観察力が鋭く、喋って暴露した訳でもない私の心情を読み取るのが非常に上手い。

 だからこそ、今ここでにやけてしまえば、私のこんな心情は一発で見抜かれてしまう。でも、それはいけない。

 こんな……。
 こんな本当にごめんとも思っておらず、もっと貴女が欲しいんだと欲望を腹の底で煮立たせているひどい恋人と知られてしまうから隠さなければ。

 ――にやけたらだめだ。

 そう思う。念じる。自分に言い聞かせる。
 が。
 私はどうも、心が顔に出易い質らしい。

「…………」

 じ……と、私と視線を合わせていた愛羽さんが不意に半眼になって、浴槽の底へ膝を着いた。
 そして両腕に自由を取り戻したかと思えば、片手が水面へ軽く潜って、跳ねる。

「わらうな」

 羞恥と拗ねを混ぜて2で割らなかったようなカオと声で、愛羽さんは私の顔へお湯をひっかけてきた。
 咄嗟に目を閉じて眼球を守る事しかできなかったけれど、もし、上手に避けていたら愛羽さんはきっと、もっと、お湯をばしゃばしゃかけてきていたと思う。

 顔を拭って、濡れて額へ張り付いた前髪を掻き上げつつ、ごめんなさいと謝るけれど、「うれしそうにするな」とまたお湯を食らう。
 さっきより湯の量が減ったのは、愛羽さんなりの優しさなんだろうか。

「ごめんなさい」

 これ以上掛けられ続けるのもなぁと思った私は、愛羽さんのすぐ傍まで近付いた。
 膝立ちの愛羽さんの二の腕あたり。横からくっついて、彼女に額を押し当てる。

 なんというか……、今になってみると、ごめんとは思った。
 さっきまでは「加減してよ」=気持ちよかったけど限界だった、という意味で理解したから嬉しくて、そんなことを言う愛羽さんが可愛くて、にやけずにはいられないくらいだった。

 だけど、「わらうな」「うれしそうにするな」と湯を引っ掛けてくる愛羽さんの恥ずかしそうに赤く赤く染まった耳や頬を見ていたら、ごめんとは思ったんだ。
 にやけてしまう部分はあんまり変わらないんだけど、なんか……その、そんなに恥ずかしい思いさせちゃってごめんなさいって思い直せた。

 至近距離へ近付いて湯を掬う手の動きを封じたのが功を奏したのだろう。
 もしかすると、擦り寄ったことで何かしらの働きかけ……要は、きゅんとさせたりしたのかもしれないが、まぁその確立は低いだろう。

 きっと身動きが取れないから湯掛けは終了したんだ思う。
 大人しくなった水音。
 ぴちょん、ぴちょんと水面に弾ける音は私の髪から滴る雫の音だけだ。

「あいはさんが、好きです」

 絆そうとかそういう魂胆ではなくて、私は素直に、思ったことを口にした。
 恥ずかしがってる愛羽さんも可愛いし、照れ隠しにお湯をかけてくる凶暴さだって可愛いと思ったから。

 たぶん、いいなぁと思ったり、可愛いをいっぱい集めたら、好きって気持ちになるんじゃないかなと私は思ってる。
 だから今も、愛羽さんがたくさん可愛かったから、好きだなぁって。胸が温かくなる想いが集まったんだ。

 そんなことを考えながら、額を愛羽さんへ擦り付ける。
 二の腕、やわらかいなぁ。でも、柔らかいだなんて言ったらきっと愛羽さんはちょっとした勘違いを起こしてダイエットをし始めちゃうから、口には出さない。

 好きですと言ったっきり、ちょっと黙る。
 もう一押ししてみようか。大好きです、って。
 この胸に溢れんばかりある想いは、好き、大好きの1回ずつ程度では言い表せないくらいなんだけど、と考えている最中不意に、言葉が寄越された。

「……わたしも」

 まだまだたっぷり羞恥心は残っている声音だったけれど、愛羽さんが応えてくれたのだ。
 かわいい。
 照れながら、恥ずかしがりながらも、言ってくれる。優しい。

 胸の所がきゅっとなって、腹の底のぐらぐら煮立っていた凶暴な欲望がすこしだけ、宥められる。
 もちろん、少し宥めたくらいで愛羽さんを抱きたい気持ちは無くなったりしないけれど、それでも、こう尋ねるくらいは冷静さを取り戻した。

「おふろ、出ますか?」

 クールダウンが必要なのかな、って思ったから。愛羽さんも、私も。
 だから二の腕から額を離しつつ見上げて提案したのに。

 ――にらまれた。

 半眼で、ばっちり。にらまれた。
 そのうえで、言われる。

「加減、してくれたら……いいから」

 いいからって……それ……は。

 ――続きをしてもいいって事ですか……?

 この質問は流石に、野暮すぎる。
 私は慎重に唾を飲み込んだ。よし、今度はゴキュルリなんて鳴らなかった。

 些細な成功だったけれど私はそれを糧に、えいやとばかりに、手を伸ばす。
 本音はかなり、どきどきしながら。
 動きは丁寧に、ゆっくりと。

 膝立ちの愛羽さんへ伸ばした手は彼女の向こう側。
 流石に、この滑りそうな浴槽の中から立ち上がる際には支えが欲しい。
 まぁ、正確には私も膝立ちになろうとしてるだけなんだけど。

 たぶん、愛羽さんは自分に向かって、手を伸ばしていると予測してたんだと思う。
 一瞬だけ横顔が拍子抜けしたから。

 でも私が彼女と同じ体勢になったら、愛羽さんの方が、珍しく生唾を飲んでいた。
 膝で立つと、私の方がデカいから緊張させちゃったのかな。

 安心させてあげたくて、移動もせずに彼女の肩へキスをする。
 大丈夫だから、貴女の言う「加減」はするから。

 唇を触れさせた肩はまだまだ火照っているようだ。私の口とさほど、温度差がない。
 よかった。肌が冷えてなくて。
 ほっとして、いくつもキスを散らしながら少しずつ、首の方へ移ってゆく。

 彼女はお湯を引っ掛けてきた後も、両手を浴槽の縁へと置いていた。親指と、残り四本で挟むように握っている。体の向きも、浴槽の長辺と平行になっていて、私から見ればこれは、首筋を狙い易い。

「……」

 安心させたいのか。襲いたいのか。どっちだよ。
 自分自身へのそんな問い掛けを脳内に浮かべた私の唇が、首の根元へ触れた。

 ほかほかの肌。よく見れば心拍に合わせて肌が小さく浮き沈みしている。肌の下にある血管が動いているからだろう。
 どうしてだか、私はそれにきゅんとした。

 愛羽さんが。私の大好きなひとが、今、生きてるんだ。
 何故か壮大な話に繋がりかけているけれど、愛羽さんが今ここに、私の傍に居てくれている事実が堪らなくなって、私は薄く開いた唇から舌を覗かせた。

 ふくふくと動いているそれは……頸動脈っていうやつだろうか?
 医療系の大学へ進んだ訳ではない私でも知っているその動脈らしきもの。肌の上から舌でなぞって、何往復か行き来する。

 身体がくすぶっているせいだろう。愛羽さんの呼吸がすぐに浮き沈みして、浴槽の縁を握る指に、力がこもった。
 かわいい。身構えてる。

 細めた目をうなじの生え際に這わせるだけで、その色気にゾクと背が震えそうだ。
 私は眉間を軽く力ませながら、頸動脈辺りを軽く吸う。キスマークを残すつもりはない。
 弱い加減で、痕を残さぬよう食みながら、片手を彼女の背に添えた。

「ん」

 背と、腰の境辺り。手を添えただけで愛羽さんは声を漏らす。
 きっと彼女にとってこれは、手を添えた”だけ”ではないのだろう。

 リバーブのかかった単音に、これほどの色気を感じたことが今まであったかな……。
 そんな疑問を抱きつつ、添えた手をつぅと下ろしながら撫でると彼女の背が僅かに反る。

 ……どうしよう。かわいい。
 この、ほんの少しの愛撫とも言えない程度の動きで反応を示す彼女が、可愛くて可愛くて、優しくしなければいけないと思うのに、込み上げる熱と欲望が止められなくなりそうだ。

 彼女の身動ぎによって離れてしまった唇。
 すこし広がった視野で確認すれば、愛羽さんの横顔が耐えるような表情を浮かべている。

 ――……手加減。

 そうだ。手加減は、しないと。
 一時薄れていたその制約。
 それをする代わりに、続けて良い、ってことだったんだ。

 IQが限りなく低くなっている自身のポンコツ脳を感じつつ、念じるように、手加減、手加減と繰り返す。
 こうして頭の中で繰り返していればどうにかなるだろう。そう踏んだ私は、背から腰へ撫で下ろした手を更に、下へと撫で下ろす。
 腰から下へと言えば、もうそこは臀部で、くびれからふっくらと女性らしいラインを辿ることになる。

 膝立ちの彼女のお尻は、半分ほど湯に浸かっていた。
 だから自然と私の手も湯へ沈みながら、まぁるいラインを指の腹へと感じる。

 もったいない。そう感じるのは、湯のせいで愛羽さんの肌の温もりが掻き消されてしまっていること。
 情事の最中、相手の温もりが感じられるのは重要だ。
 まぁこの特殊プレイステージでは、それも少々、難しいのかもしれないが。

「……」

 それでも私は諦めきれなかった。
 愛羽さんの温もりを感じたい。

 その欲求を満たす為には、もっと身体同士を寄せればいい。
 そう考えた私は狭い浴槽の中で一歩、彼女に近付いた。

 膝立ちの脚を片方跨ぐようにして背後へ寄り添う。あまりにもくっつきすぎると、このあとが辛くなるので、ほどほどに。
 浴槽の床が膝で擦れてギュギュと大きな音を立てるが、ちょっと勘弁してほしい。ムードってものが吹き飛びそうなくらいに、鳴るんだもん。

 私は少し焦りつつも愛羽さんのお尻から、腰にかけてを数度、往復させた。
 なんか……こうやって背後から撫で回してるって図はちょっと痴漢みたいでどうなんだ……と思ってしまう一方で、くぅと丸められた彼女の背に、密かに唾を飲む。

「……」

 愛羽さんの、息があがってきてる。
 声も、さっきより多くなって、る……?

 耐えるような、堪えきれないような息遣いと、それに混じる甘い声。

 私の指が腰骨を掠めれば、ヒクと震える身体が、上体を前に屈める。とは言っても浴槽の縁があるせいで動きは阻まれていて、このまま私が覆い被さるみたいに密着すれば、きっと完全に愛羽さんの動きは制圧できてしまうだろう。

 その光景を想像したのがいけなかった。
 脳内へ浮かんだ恋人の姿を現実のものとしたい。実際に目にしたい。そんな欲望が迸るように芽生えてしまった私は、判別する暇もないほど簡単に、愛羽さんの背に己の身体を押しつけた。

「ふ、ぁ……?」

 迫られたのを、背中に感じたのだろう。
 零した喘ぎ声に疑問が混じる。加えて、なに……? というふうに首だけで振り返ろうとしている愛羽さんの動き。
 私は咄嗟にそれを遮るよう、後ろから、彼女のうなじへと噛みついた。

「ぅ、ア……っ」

 痛みが走る程噛みついてはいない。
 私は彼女を痛めつけたい訳ではないし、痛々しい歯形を誰も彼もから見えるこの場所へ刻むつもりはない。

 だが愛羽さんは浴槽の縁をきゅうと握りながら、逃げるよう、更に前屈みになった。思わず、心配が沸き立ち、愛撫の手を止めて痛みの有無を確認する。

「痛かった、ですか……?」

 そこで話し掛けたのは。
 耳元で、彼女に尋ねたのは、単純に体勢的にそれが一番自然だったからだ。

 だけど、愛羽さんにとって耳元は弱点。
 例え心配ゆえの質問だとしても、耳へ息がかかる位置は、御法度だ。

 愛羽さんは焦ったように浴槽の縁から離した手で耳を握った。強く握る仕草からは、弱点を攻められ流れ込んできた快感を揉み消そうとしている様子が窺える。

「いたく、ない」

 でも、と彼女は続けた。

「手加減。してったら」

 首だけで私を振り返りながら、かるくにらんで要求する。

 ――……そういうコト、するから。

 私の胸がぎゅっとなって、たまらなくなるのに。
 貴女がそうやって、可愛いことばかり、言ったり、したり、するから。

「ごめんなさい」

 手加減について、また、失念しかけていたのは、悪かったと思う。
 だけど今そうやって貴女が可愛い仕草をしたのは……愛羽さんが悪い。

 私は、私自身がスゥと目を細めたのをどこか他人事のように認識しながら、彼女の秘所に手を伸ばした。

「ひ、ァ……ッ!?」

 驚きに見開かれた目。黒目が竦むように縮こまった様子がばっちり見えて、すごく可愛かった。

 まぁ、突然、ソコに触れられたら驚きもするだろうけれど、こちらとしても、驚きだ。
 明らかに、湯とは違う粘着質の何かを多量にまとっている秘所。

「痛くないなら、続けますね」

 続けていいですか? ではない。「続けますね」という宣言だ。
 手加減を要求する彼女に拒否権を発動させる隙も与えず、私は指先へ感じるぬめりを前後へ塗り広げた。

 そういえば、私が膝立ちになったせいか。
 湯の嵩が減り、愛羽さんは太腿の付け根あたりまでしかお湯に浸かれていない。

「ン、ん……っ」

 唇を引き結んで声を堪えた愛羽さんが、耳を握っていた手でその口を覆う。
 そんなに頑張って、声を抑えなくたっていいのに。

 やっぱりこんなに明るい場所だと、恥ずかしいとか?
 顔だって、前へ向けてしまったし。
 振り返ってくれていたら、可愛い表情も見れただろうし、惜しいなぁ。

 それにしても……。

「もっと早く、したほうがよかったですか?」

 ぬるりと滑るそこを中指で撫でているだけで、ナカへ入ってしまいそうだ。
 こんなにも濡れているのならきっと、前のラウンドの余韻をすっかり忘れていた訳でもないだろうし、早めにこうしていればよかったのかも、などと都合良く考えてしまうじゃないか。

「ふ、あ……ンンッ」

 ああ、もう、可愛い。いつまでもその声を聞いていたい。

 入ってしまいそうだけれど、入れない。
 焦らすように、穴のまわりをくすぐる。

 口を押さえる手のひらへ荒い呼吸がぶつかって、震える息遣いが際立つ。
 入口へ限りなく近付けば、「ぁっぁ……っ」とその先を予期した愛羽さんの声がか細く、そして色気を増すから、私の唇は無自覚に口角を吊り上げた。

「愛羽さん? いれてほしかったら、そう言ってください」
「なん、でっ……」

 なんで、って……それはもちろん。

「言ってほしいから」

 もしくは、聞きたいからだ。

「いじわる、しなッアァ、ん、……いで」
「いじわるじゃなくて、可愛がってるだけですよ」

 欲しいならちゃんと言ってみてください。
 そう要求して、私はもう片方の手を、彼女の腰や尻に這わせる。

 より一層、濃くなる嬌声。
 かわいい。
 そして、相変わらず、えろい。

「愛羽さん?」

 名を呼べば、彼女の背がくぅっと丸くなる。
 耳元で喋らないで、とその背に書いてあるみたいだ。

 だけど体勢的に私の自由が多く利き、愛羽さんは追い込まれる側であることは変わらない。
 追いかけるように彼女の背へぴたりと身体を寄せた私は愛羽さんへ囁いた。

「ちゃんと、言わなきゃ」

 低い声で促せば、浴槽の縁を掴む手に力がこもった。
 キュッと音を立てる浴槽。

 それからしばらく、ぴちょん、ぴちょん、と雫の落ちる音しかなかった浴室内に、息を吸い込む音が、やけに大きく響いた。

「……いれ、て……ください……」

 その羞恥にまみれた小さな声。
 聞かされた瞬間私の腹の底から、何か熱いものがせりあがってきた。

 それが、恋情であり、欲情であり、加虐心であり、支配欲でもあるものだろう。
 愛羽さんへと向けられているそのすべての感情で、熱に浮かされたように頭がくらくらする。
 しかしその逆に、背筋はゾクゾクと悪寒にも似た感覚が駆け抜けていく。

 攻め手特有の快感で思わず吐き出してしまった息を取り戻すよう吸った私は、唇に笑みを乗せ、

「よく、言えました」

 彼女を褒めた。
 そして、褒美とばかりに、愛羽さんにとってもどかしい存在であった指で、入口の扉を押し開く。
 ついに、ぐちゅと音を立てて、私の指先が彼女のナカへと侵入した。

「アッ……っ、ぁあぁ……っ」

 キーを高くする愛羽さんの甘い声を聞きながら、私は今まで、後ろからすることが滅多になかったことに気が付いた。

 ――……後ろからだと、感覚がちょっと違うな。

 ナカの熱さも柔らかさも一緒だけれども、前後左右が逆なわけだ。
 身体を重ねてきた経験で得た内部構造と彼女の喜ぶ場所を思い出し、少々脳を働かせながら位置関係を把握し、ゆっくりと指を動かす。

 今し方まで浸かっていた湯のせいだけではない水音が、多々、彼女の秘所からは零れ落ちてくる。

 いつもは触れられない壁も、この体勢からだと、触れることができるみたいだ。
 ココも、あ……こっちも、あんまり触れたことがない。
 未開の地をくすぐりつつ、愛羽さんの反応を探っていると、一段といい場所があった。

「ヤッ……、ぁぁ……やだやだっ、そこだめっ……!」

 やだとか、だめとか、言われた方がやりたくなるって、分かっていないんだろうな。
 そう思いながらも、そこを執拗に攻める。

 逃げないように、抱き締めるように背中から押さえ込んで、指を動かし続ける。
 抵抗のつもりか、愛羽さんの腕が浴槽の縁をぐうと押し返そうとしているが、正直あまり意味がない。

「やっ、あ……っ、だめっ……すずめちゃっ……イクっ……ッアア!」

 びく、びくん、と跳ねる身体。
 ナカもしっかりと収縮している。
 浴槽の縁に掛けた手は、ぎゅううぅっと握り締められ、白むほどだ。

 誰がどう見ても、達している。

 けれど、私は彼女の背後で、目を丸くしていた。

 ――……はやい。

 いつもより、断然、早いのだ。
 
 ぱちぱちと目を瞬かせている間に、愛羽さんのナカの収縮も終わった。
 ゆっくり指を引き抜くと、ぱちゃんとお湯を跳ねさせて彼女が湯舟へ座り込む。へたりこんだ、という表現のほうが正しいかもしれないが。

「大丈夫ですか? 愛羽さん」
「……だ、大丈、夫に……見える……?」

 忙しない息を整えている愛羽さんにちょっと笑って、ごめんなさいと謝った。
 流石にちょっと、頑張らせ過ぎてしまった。

 だけど。

「なんで、ごめんなさいなの?」

 きょとんとした目が、こちらを向いた。
 えっちは別に、合意の元なんだから、とその顔に書いてある。

 けれど、そうじゃなくて。

「あんまりにもイクのが早かったから、気持ちよくさせすぎちゃったかと」
「……バカ」

 赤い顔のひとから、ばしゃんと顔に、お湯がかけられた。

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