隣恋Ⅲ~酔うに任せて~ 15話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 酔うに任せて 15 ~

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「二十歳になるっていうのが、どんな事なのか、よく考えるといいわ」

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 不敵というか、不審というか。不遜というか、不思議というか。
 今の私には多分、蓉子さんが何を考えているのか、理解できないんだろうなと漠然とした思いが広がる。

 どんな内容でもいい質問。それに対する責任? 胸中で繰り返して、やはり首を傾げた瞬間、私達の背後で、「酔」の扉が開く音がした。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」

 蓉子さんと由香里さんの声の質が変わって、営業モードになる。
 店長は蓉子さんの弟子だし、私は店長の弟子。だからどちらかと言えば、身内の部類に入っているのだろう。

 半分私的な感情混じりの接客を二人がしてくれていたのだと、今更ながらに確認した。

「あら。随分とお久しぶりだこと」
「いやぁ中々時間なくてね」

 そんな会話が頭上を飛び越えて、店長の3つ隣のカウンター席に、お客さんが二人並んだ。
 自然と蓉子さんはそちらのお客さんの前に陣取り、世間話を始める。

 自分達以外のお客さんがいたら、蓉子さんはそちらで接客をしなくちゃいけない。
 だから、こうなる事を予測して、店長と私は、開店と同時に来たのだ。

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「アンタ。あんまり滅多な事聞くんじゃないわよ?」
「へ?」

 空になったグラスを由香里さんの方へ押しやりながら、店長が横目で見てくる。

「まぁ何聞くかは雀の自由だけど、聞いた後の事考えないと」

 店長の言葉に、グラスをさげる由香里さんも頷いている。

「……責任って蓉子さんは言ってましたけど、そんな大層な事なんですか?」

 だって友達とでもそんな会話しないか?
 今から嘘は一切ナシで、ほんとの事暴露し合おうよ! みたいな。修学旅行とか合宿とかの夜、特にそういう話は盛り上がる。

 目を瞬かせていると、店長に無言でデコピンされた。

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「いたいなぁ」
「アンタねぇ……事の重大さを全く分かってないじゃない」
「?」

 何がどうなって重大なのかを説明して頂きたい。
 さっぱり分からない。

「だからね?」

 もうホントに仕方のない子ね、と店長の顔に書いてある。
 そんな顔を二度も見てしまうと、手のかかる子で申し訳ありませんと罪悪感すら感じてしまうのだが、本当に分からないものは分からない。

「アンタが、”蓉子さんの好きな人って誰ですか?”と聞いたとしましょう」
「はい」
「あの人ああ見えて、相当の人から求婚されてるのよ。それこそ、この店の中では彼女を口説くの禁止になったくらいモテるの。そんな人の好きな人が発覚したとして、そいつらが黙ってると思う?」

 ふるふると横に首を振る。
 それこそ、蓉子さん取り合い合戦の火蓋を切って落とすようなものだ。

「雀の口は軽くはないけど、例えばこの先、お酒飲んでぽろっとその事言ってしまうかもしれない。もし言えば、蓉子争奪大戦争を引き起こす。そんな事実をアンタは一生胸に秘めて生きていかなきゃならない訳」

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 考えただけでもゾッとする。
 そんな秘密、胸に秘めて生きていくだなんて、おちおちお酒も飲めやしない。

「さっき本人が言ってたと思うけど、体重も駄目よ?」
「え、そんな事も!?」
「蓉子さんに惚れ込んでる人からしたら、あの人の情報は”そんな事”じゃないのよ。バーテンの極意も、蓉子さんの腕にホレてる人からすれば、貴重な情報よ」

 ……もしかして、私は、えらい人から、えらいお祝いを頂く約束を取り付けられてしまったんじゃないだろうか……。

「やっと理解してきたみたいね?」

 溜め息を吐いた店長が髪をかき上げる。

「まぁ、金本さんの事とか聞いておけば大事にはならないと思うけど、それこそ蓉子さんは”聞きたくない情報”まで寄越すと思うから、覚悟しておきなさいよ?」

 えええ……。
 それはつまり、「愛羽さんが何悩んでますか?」と聞けば、出るわ出るわ私の欠点たち。もう聞きたくないという所まで細々と、泣くまで聞かされ続ける、ということだろうか。

「な、なにも聞きたくないんですけど!」
「それを許してくれる相手じゃないでしょうが」

 店長はもう一度、大きく溜め息をついて、遠くなった蓉子さんに視線を送った。その顔は「厄介な事をしてくれた」と言っている。

 不満の塊のような視線に、蓉子さんが気が付かない訳ない。
 お客さんの相手をしながらも、私たちに楽しげな流し目を送ってくれて、最後にウィンクまでくれた。

「これ以上居たら、藪蛇になりかねないわね……」
「ごめんなさい、怜さん。マスターがご機嫌になってしまったみたいで」
「由香里が謝ることじゃないわ。今日はありがとう」
「いいえ。こちらこそ。楽しかったです。また来てくださいね?」

 そんな会話を右から左へ聞き流したい訳じゃないけど、あまりの衝撃に私はぼんやりと二人の声を聞いていた。

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