隣恋Ⅲ~酔うに任せて~ 12話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 酔うに任せて 12 ~

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「そうねぇ……」

 ちゃぷん。と何かを水に沈める音が、カウンターの内側からする。

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「愛羽は持ち帰りの仕事、自宅でやってる?」

 蓉子さんはなんでも知っているようで、愛羽さんが家で何をしているのかも、ご存知のようだ。
 彼女がよくパソコンに向かう姿をみせている。私にとって、その後ろ姿を思い浮かべるのが容易になる程、その姿はよく見かけた。

 頷く私に、蓉子さんは更に問う。

「夜遅くまで?」
「はい」
「雀は心配にならない?」
「確かに、心配ですよ? 会社でも仕事して、その後帰ってきて家事もして、その後仕事。寝るのはかなり深夜だったりしますし……」
「それ、心配だからちゃんと夜は早めに寝て、とか言ったりしないの?」

 え? と私は、固まった。

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「普通に考えて、それって勤務外に仕事しすぎでしょ? おかしくない?」

 店長は先程までとはうってかわって、真面目な顔をして蓉子さんと私の会話に加わった。

「一応まだ寝ないんですかとか聞いたり、私が出来る家事はやってたりするんですけど……愛羽さん、仕事が残ってたら私の言うことなんて聞いてくれないし……」

 尻すぼみな自分の台詞を、今一度理解して、はっとする。

 あまり仕事のし過ぎはよくないですよと言うものの、愛羽さんの返答は決まっている。「早めに仕事終わらせて寝るように頑張るね」だ。

「雀が心配してるって理解した上ででも、愛羽は仕事、するでしょう? ちなみに真紀の名誉の為に言っておくけれど、上司として彼女はそんな無理な仕事量は課してないわよ?」
「え、真紀ってまーさんですか?」
「そう。真紀の紹介で愛羽はこの店に来たのよ」

 確かに、愛羽さんもそんなような事を言ってた気がする。
 でも、今気にするべきなのはそんなことじゃなくて。

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「きかん坊。まさに怜の言う通りじゃないかしら?」

 蓉子さんの静かな声が、胸に刺さった。
 愛羽さんの上司であるまーさんが言ってない仕事まで持ち帰って家でする。
 それはすなわち、やらなくてもいい仕事まで、彼女は自らかってでているという事だ。

「まだ若いから無理は出来るけれど、若いうちに無理すると後々体壊しやすくなるわよ」

 私よりも、愛羽さんよりも、年齢を重ねた人が言うと重みがある。
 
 ただ……だからと言って、私がどうこうできる案件ではないと感じてしまう。

「だから、愛羽は相談しない。こうと決めたらこう。って言ったでしょう?」

 蓉子さんは軽く目を眇めた。

「脅す訳じゃないけど、まだ、雀が知らない事もたくさんあるかもしれないわね」

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 静かな蓉子さんの声。

 ――私の知らない、愛羽さんの秘密。

 恋人とは言え、他人の全てを知ろうとは思ってない。
 だけど、愛羽さんをよく知る人物の蓉子さんがそんなことを私に言うのなら、何か……何かあるんじゃないかと、確信めいたものを感じる。

 というかむしろ、秘密があるから、ちゃんと探っておきなさいよ。と蓉子さんからの忠告のようにも感じる。

 ゴクリ、と生唾を飲み込んだ私の頭に、ぽんと手が置かれた。手の主は、店長。

「あんまりうちのを苛めないでやってくださいよ。蓉子さん」
「あら、苛めじゃないわ。老婆心よ」
「そんな意味有り気に脅し文句かけてくる老婆心がありますか。雀は見た目以上に繊細なのに」
「だからこそ鍛えているんじゃないの」
「叩けばいいってもんじゃないんです、雀は」

 店長と蓉子さんの言葉の応酬。
 その際中、店長は片手を私の頭に乗せたまま、ずっと撫でてくれている。

「今のは、マスターが悪いです」

 ピシャリと店長と蓉子さんの間に入ったのは、意外にも由香里さんだった。

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「愛羽さんと付き合いの長いマスターが言う言葉にはご自身が思った以上に重みがありますから、今のはマスターの言葉が過ぎます」

 ねぇ? と店長と由香里さんが結託したように視線を合わせる。
 その両者に挟まれるようにして居る私は、まるで、ふたりに守られたような気分になる。
 いや、気分とかじゃなく、実際に守ってもらったんだけれど。

 その片方のナイトである由香里さんが私を見下ろして、ふんわりと微笑む。

「愛羽さんは来られたとき、マスターに相談するの。そのことを全部雀さんに教えることは出来ないけれど、何か気になる事があるなら、いつでも聞いてね?」
「由香里さん……!」

 それはつまり、ほんの触りくらいなら、愛羽さんの本音というか裏事情というか、そういった事を私に教えてくれるという事だろうか。

 たぶん、由香里さんの事だから、本当に教えておかないとマズイ事だけを言ってくれるか、もしくは、問題解決方法のきっかけの伝授だけだろうけれど、この提案だけでもすごく助かる。

 愛羽さんは基本的に私に相談してくれないのなら、尚更、こうして周囲から聞きだす方法が有効だ。

「ありがとうございます……!」

 頭をさげた私に、蓉子さんはそれでも厳しかった。

「それは卑怯じゃないかしら?」

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