※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 酔うに任せて 10 ~
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「でも意外だわ」
店長の言葉に、私は首を傾げた。
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話し続けてやっと一息つこうと、私は蓉子さんの作ってくれたオリジナルドリンクで喉を潤す。
その隣で、空になったグラスを蓉子さんの方へすすすと指で押しやりながら、店長はジン・バックをオーダーした。
「まぁ金本さんを見てればSっ気はあるんだろうと予想はしてたわよ? だけどいざそうやって雀の口から真実を聞かされると、正直意外よ」
うーん。店長の言うことも、分からなくもない。
私も昔、隣からのギシアンを聞いていた頃には、愛羽さんが”抱く立場”になれる人物とは想像もしていなかった。いやそもそも、彼女と付き合える関係になるとも思ってなかったし、なんというか、外見がふわふわで綺麗なお姉さんって感じだから、夜事情としては、”抱かれる側の人”ってイメージしかなかった。
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「そうかしら?」
私と店長の意見に、対立的なそれを申し立てたのは、蓉子さん。四角い氷をタンブラーへ軽やかに詰めながら、口元に笑みを乗せる。
「甘え上手で誘い上手。好奇心旺盛で、やり方が理解できて気分が乗れば抱く側にもなれるでしょ、あのコは」
「……」
絶句。
絶句だ。
私はまさにその通りの性格をしている愛羽さんを思い浮かべて、口をパクパクさせた。言葉がうまく、出てこない。
なんでそんなに愛羽さんのこと知ってるんだ、とか。
どうしてそこまで彼女のこと理解できるんだ、とか。
色々思うことが重なり絡まり詰まって、喉で渋滞を起こしている。
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そんな私を救ってくれたのは、由香里さんだった。
彼女は片手にビールの入ったグラスをもって可愛らしく小首を傾げている。
「雀さんは想像できないかもしれないけれど、わたしだって抱く側に回れるのよ?」
「えええっ!?」
衝撃すぎて、喉元の渋滞も吹き飛ぶ。
だって、この中で一番愛羽さんの容姿タイプに近しい人で、一番”抱く立場”が似合わないと思っていたひとなのに。
「あ。やっぱり」
「だと思っていたわ」
けど、店長も蓉子さんも、すでにその事実を知っていたように、さらりと認めている。蓉子さんに至っては、ジン・バックを作り終えて、店長の前にグラスを静かに置いた。その動作に、動揺の欠片もない。
スタッフの性的嗜好を暴露されたのにも関わらずだ。
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「あらあら。やっぱりバレちゃってました?」
小さく舌を出しておどけて言ってみせる由香里さんに、道具の片付けをしながら横目で笑う蓉子さん。
「何年あなたと一緒に居ると思っているの」
恰好良い。そんな台詞一度は言ってみたい。
その台詞を流し目と共に受けた由香里さんは、なんだか嬉しそうに肩を竦めていて可愛いんだけど。
「手技のレベルとしては慣れや経験がものを言うからそれ抜きで、性質のみで考えて、火がついたら一番Sだと思っているわよ?」
「えええっ!?」
驚き第二弾。
やばい。開いた口が塞がらない。
この濃ゆいメンバーで居て、一番Sっ気が強いのが、由香里さんだと?
ええ……? まじで?
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衝撃的すぎて、信じられなくて、口を開けたまま由香里さんと蓉子さんを見比べていると、クスリと、私の正面に立つ人物が笑みを零した。
バー・カウンターというのは意外と狭いもので、手を伸ばせばカウンターの内側から座っているお客さんの所まで届く。そういう原理があることを、私がバーテンダーで知っていたから、この後の衝撃は多少緩和できたのだと思う。
「意外?」
しなやかに伸ばされた細腕。手のひらを上に向けた手が一瞬で私との距離を詰めて、中指と薬指が顎に添えられた。開いたままの口を閉じさせるようにクイと持ち上げられて、されるがままに私は唇を閉じた。
由香里さんの冷たい中指が、ツゥ……と私の顎のラインをなぞって、冷ややかな感触を肌に残してゆく。
正直。
正直な話をしよう。
めちゃくちゃドキドキした。
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いや。手が伸びてくるなってのは分かった。
カウンター越しだけど自分に触れられる距離に、彼女が居るっていうのも。
だけどまさか、由香里さんにホントに触られるとも思わなかったし、艶増しの声を聞かされるとも思わなかったし、いつもふんわり笑っている彼女がちょっと目を細めて切れ味のある笑みを湛えるだなんて思わなかった。
これがマジの素人さんで、まさか手を伸ばしてカウンター越しに触れられると予想もしていなくて、アレをされたら、一発で落ちる。
そりゃもうフォーリンラブ一直線だ。
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