※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 酔うに任せて 8 ~
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「お待たせ」
店長の前に、カクテルグラスがそっと置かれた。
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「ありがとうございます」
早速そのカクテルグラスに手を伸ばす店長を眺めながら、私は眉間に皺を寄せた。
利休白茶と淡緑色の間の色合いをしたその液体。ヘルメスという名前のカクテルだったけれど、確かこのカクテル……神様の名前だったような……それがどんな神様だったっけ? と疑問が沸いて、その答えがパッと出てこないのだ。
「雀は何難しい顔しているの?」
「あ、いえ、ヘルメスってなんの神様だったっけと思って……」
チン、と小さな機械音が鳴り、店長のぶんのピザが焼けたのだと知らせてくれる。すぐさま由香里さんが先程と同様にお皿にとりあげて、8等分に包丁を入れた。
「あぁ。神様同士の連絡役とか、旅人、商人の守り神とか言われているわね」
「あ、そうか! 伝令と守り神か!」
スッキリした。
いやぁでもこういう情報も聞けばすぐ教えてくれる蓉子さんってすごい。
憧れの眼差しで、ピザの皿を店長の前にそっと置く彼女を見つめると、小さく笑われた。
「雀は素直ねぇ」
「え?」
私は、耳を疑った。
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やっと食べられるくらい冷めてきたピザを片手に固まる。
私が素直だなんてとんでもない。
「全然素直なんかじゃないんですけど……」
この言葉に、私以外の三人が目を合わせてなにかを通じ合わせた。
代表するように、蓉子さんが溜め息を吐く。
「あなたが素直じゃなかったら他の人間はどうなるのかしら」
「ええ? だって由香里さんとか」
「わたしは全く」
「えええ?」
嘘だぁ。こんな癒し系を代表するような人が、素直じゃない訳がない。
なんて思って、ぎゅっと眉を寄せていると、店長が頷いた。
「由香里は頑固よ」
「ええ? 店長までそんな事言う」
「だって本当頑固なんだもの」
まるで何か確信しているような口調で、きっぱり言う。由香里さんの何を知っていて、店長はそんな事を言うのだろうか。
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首を捻りながらピザをぱくつく。
もっちもちの生地にタップリ塗られたピザソースが美味い。そして何より、上に乗せられたチーズがいい味で、カリカリに焼けた所と、とろぉっと溶けた所と、味と食感の違いがまた美味しさを増幅させている。
今まで食べてきた中で一番美味しいピザだと伝えると、由香里さんは嬉しそうに目尻をさげた。
「おじ様に、褒められたって伝えなくちゃ」
ほら、由香里さんはこんな素直に、ピザの師匠に自分の腕が褒められるほどのものに成長したのだと伝えようとしているのに、どこが素直ではないのか。
私は再度、首を捻った。
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「私は自分の気持ちとか伝えるの苦手で隠しますよ?」
「例えば?」
熱々のピザをはふはふと食べる店長がその合間に問う。
「例えば……こないだ蓉子さんに嫉妬してたのとか愛羽さんに言わなかったですし」
すぐバレましたけど。と暴露して見せると、また三人が合わせたように笑った。
なんだその、それみたことか、みたいな笑い方。
「雀は私に妬いたの? 愛羽と仲良しなところ見せ付けたから?」
「はい」
ほんと、仲良し過ぎてすぐに妬いてしまった。
我ながら良くないと思うものの、嫉妬心はすぐに湧き出してしまうのだ。
自制心を育てなくちゃと一人反省会を始めている私は、周りから、「そうやってすぐ心がバレたり、その事を認めるのが素直なんだ」と視線を注がれていることには気が付けなかった。
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「雀。グラスが空よ。何か作りましょうか?」
蓉子さんの声にはっとして自分のグラスを見れば、もう空。
「おねがいします」
いつの間に飲んでしまったんだろう。やっぱり、蓉子さんの作るものは、美味しくてついつい飲んでしまう。
そして、その前に、作る姿には、もれなく見惚れてしまうのだ。
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