隣恋Ⅲ~酔うに任せて~ 6話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 酔うに任せて 6 ~

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「ロマンス・グレーっていうのは白髪混じりの事を指すから、あの方はむしろ、灰色混じりと言った方が正しいわねぇ」

 ビール瓶を片手に、蓉子さんはかの方を思い出すように宙を見上げた。

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「蓉子さんもそのお店に行かれたんですか?」

 基本的にマティーニを静かに飲みたい派の店長はおいといて、私達三人の話は進む。

「そりゃあね。うちの可愛い子が妙な年寄りに掴まったら大変だもの。偵察よ偵察」

 その時のことを思い出したのか、由香里さんはふふと笑みを零す。

「おじ様がお店をしていない時間に習うものだから、早朝になってしまって。眠そうでしたね?」
「9時は早いわ」

 ぼやくように言ってビールに口をつける蓉子さん。その隣では、もう一枚のピザ生地へ手を伸ばす由香里さん。

 私はそんな二人を、目を丸くして見比べた。

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 だって、この蓉子さん。朝がとてもとても苦手な人。
 バーテンダーは夜の仕事で、なおかつお酒も入って体へのダメージは大きい。その体を引き摺って帰宅して、お昼過ぎくらいまで寝るパターンのバーテンダーは多い。

 そんな業種の人で、朝が超絶苦手な蓉子さんが、由香里さんの為、わざわざ9時に。

「イタリアンのお店してる時間に行って、偵察はしなかったんですね。早起き大変だったでしょうに」

 ちなみに、うちの店長は自分の睡眠時間を削られるとかなり不機嫌になるらしい。

「店主として働いている年寄りに用があったんじゃなくて、由香里に教えてくれているおじ様に用があったのよ」

 店とそれ以外じゃ、人って変わるものよ。と付け加えてくれた蓉子さんの言葉に納得する。
 確かに私自身も、店とプライベートでは違うし、店長なんかもっと違う。

 今隣で妙にニヤついているこんな顔は、店ではしない。

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 それから由香里さんがもう一枚のピザ生地を伸ばして、具を乗せた頃に、ドーム型のピザを焼いている機械が小さく音を立てた。
 あんな機械は初めて目にしたけれど、多分、ピザが焼けたという合図だろう。

 由香里さんはチラとその機械に視線を投げてからピザの直径もあろうかという長い包丁と、お皿を用意した。
 いい匂いを漂わせている焼けたピザをまず取り出して、手早く8当分に切る。お皿に乗せるまでをしたのは由香里さんで、その皿を引き継いだのは蓉子さんだった。

 当たり前のように由香里さんはもう一枚の具を乗せ終えていたピザ生地にオリーブオイルをかけるとドーム型の機械にそっと入れる。

 流れるような二人の息ピッタリの仕草に見惚れている間に、蓉子さんが店長に目配せしたのを見逃した。
 たぶん、どっちが先に食べるの? と問われたんだと思うけれど、その返答がひどい。

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「はらぺこ娘に」
「あおむしみたいに言わないでくださいよっ」
「はい、どうぞ。はらぺこ娘さん」
「なんですか蓉子さんまでっ」

 別に漫才やりに来た訳ではないのに、こうも大人に囲まれると、私は自然とこのポジションになってしまう。

 ピザ作りに使ったものを片付けながら由香里さんがクスクスと笑っているけれど、彼女たった一人の観客の為に全力で突っ込まなければ、多分、この大人二人は更にイジってくる。
 何事にも、この二人は厳しいのである。

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「ていうか、あおむしって何?」
「由香里さん、いただきます」
「はい。どうぞ。熱いから気をつけてね」

 目の前に置かれた焼きたてピザ。直径20センチよりも小さいくらいのピザだが、たっぷりとチーズが乗っていて美味しそうだ。

「店長お先にいただきます」

 イジってきた店長の質問は無視して、一応先に頂くことを断って一切れ手にとった。
 とろぉ、と糸を引くように伸びるチーズがまた、空腹を増長させるようだ。

 熱いだろうなぁ、でもこれ絶対うまいよなぁ、でも一気に咥えたら絶対口の中火傷するだろうなぁと葛藤しながら、フーフーと息をかけて程々に冷ます。

 あまり冷まし過ぎるとこの焼きたての美味しさが半減してしまう、とばかりに、ガブリとピザにかぶりついた。

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