※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 酔うに任せて 5 ~
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「お待たせ」
中性的な声が、私の前にコリンズ・グラスを差し出した。
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「ありがとうございます」
目の前に置かれた鮮やかな緑色の液体を満たした杯にお礼を言いながら、蓉子さんの見た目も綺麗だけど、声も綺麗だよねと胸中で漏らす。
元々、男性としては声が高いほうなのかもしれないが、私個人の感想としては蓉子さんのあの中性的なキーの高さは好ましい。
それこそ、女の人でもこういう低めの声の人はいるし、男の人でももっとキーが高い人だっている。
男女の中間あたりを狙って声帯を駆使しこの声を出しているのなら、その技術は素直にスゴイと思うし、自然とこういうキーならなおさら、スゴイなぁと思う。
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「じゃあ私はビールでも頂こうかしらね」
ほぼ開店と同時にやってきた私達と一緒に飲むということは今日の閉店まで酔ったまま仕事をするという事だ。
いやでも、蓉子さんのお酒の強さから言うと、ビールの一杯や二杯、酔うにまで至らないのだろう。
瓶ビールの王冠を外した蓉子さんがそのボトルを持ち上げる。グラスに注がない所を見ると、小さい瓶のタイプだから、多分そのまま瓶に口をつけて飲むのだろう。
ここにはビールサーバーもあるのに瓶をチョイスしたのは……単純にそういう気分だったからなのかな?
「じゃあ、由香里の初ピザを食すことに、かんぱーい」
店長が適当に音頭を取って、それぞれ3人が手にしたグラスと瓶がほんの僅かにぶつけられた。
ピザ生地なのだろう。白いモチッとした塊を二つ取り出して、粉を付けながら丸く丸く形成していく由香里さん。彼女が手を離せない状態なのが分かって、先に飲み始めた私達に申し訳なさそうな顔をみせてくれる。
「まだもう少し時間かかるので、待たせちゃってごめんなさい」
「いいのよ。由香里もあとで一緒に飲みましょう」
店長の誘いに頷いて微笑むその表情は、やっぱりほんわかしていて、癒し系だった。
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「うまっ、これ。なんてカクテルですか?」
私が口をつけた緑色の杯。匂いからして青リンゴなんだけど、ただ青リンゴジュースを注いだだけではない味がする。
「んん?」
蓉子さんはビール瓶から唇を艶めかしい程の仕草で離しながら、軽く首を傾げた。
「さぁて。なんでしょうね?」
フフ、と笑うその様は、いつも「シャム」のバイト中見ている店長を更にグレードアップしたような色っぽさ。
普段店長に対して「うわぁこの人に絶対敵わない」と思っているけれど、それをさらに超えてくる蓉子さんを相手にすると、もうどうしていいか分からなくなる。
ドギマギする自分を誤魔化す為に、私はぐびりともう一口、緑色の液体を喉の奥へと流し込んだ。
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答えをくれなかった蓉子さんと目を合わせていられなくて、由香里さんの手元にある丸くて白いそれに目を移す。
両手に粉をまぶして円の一番外、いわゆるピザ生地の耳といわれる所だけを分厚くしながら、他を均等に伸ばしていくその腕前は見事としか言いようがない。
「わぁスゴイですね由香里さんプロみたい」
早口にまくしたてる私にちらっと視線を寄越して、彼女は首を横に振る。
「プロの方に怒られちゃうから」
謙遜しているけれど、心からの謙遜なのだろう。
例えば私はバーテンダーだけど、「プロみたいだね!」と誰かに褒められても「いやいやいや」と首を振る。
それこそ、プロの方に怒られる。ただのバイトなのだから。
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「独学でそれを?」
手さばきが素人のそれとは異なっているのが気になって尋ねると、由香里さんは伸ばしたピザ生地に赤いピザソースを塗り広げる。視線はその作業に集中しているけれど、おっとりとした口調は私を構ってくれる。
「最初はそうだったんだけど、やっぱり素人感覚だけじゃ満足できなくなっちゃって。個人でイタリアンのお店をしているおじ様に教わったの」
「おじ様? 親戚の方ですか?」
ピザ生地にピザソースを広げ終わると、緑色の葉っぱを4、5枚乗せて、たっぷりとチーズをのせる。その上から粉チーズを振りかけて、最後にオリーブオイルなのかな? くるりと一回しかける。
そして予めスイッチを入れて熱しておいた丸いドーム型の機械に、生地が崩れないようそっと差し入れた。
「いいえ。知り合いの行きつけのお店の店主さんなの。だからほんと赤の他人。でも見た目が凄く恰好良くて、ロマンス・グレーを代表するような方よ」
一枚目のピザを焼き始めた彼女は、穏やかな憧れの表情をちらとだけ見せる。
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