※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 酔うに任せて 4 ~
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「だってこの子、お腹空かせて来てそうなんだもの」
含み笑いでそう言うのは、店長。
蓉子さんの「あなた達、バーに来てお酒より先にピザを頼むってバーテンダーの端くれとしてどうなのかしら」という台詞に対しての返答なのだけど……。
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その言葉に固まったのは私。
だって、図星だったから。
由香里さんが焼くピザは絶対美味しい。蓉子さんが「酔」で出すメニューに決めたのだから、それはもうお墨付きの美味しさだろう。
そんな美味しいピザを今日食べると分かっていて、どうして昼食を控えめにせずいられようか。
「……」
ナンデワカッタンデスカ。
私の隣のカウンター席につく店長を横目でにらむ。
いや、最悪バレてもいいよ。だけど、それを蓉子さんと由香里さんの前で言わなくてもいいじゃないか。
そんな思いを込めて睨みをきかせたのだけど、隣の人物は楽しそうに笑って私を親指でクイと指す。
「ほら、この顔。図星」
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「うるさいなぁいいじゃないですかっ」
カウンターの向こうの二人に見せ付けるように指差してくる店長の手をぺいと叩き落とす。
楽しみだったんだからしょうがないじゃないか。
ピザをいただくなら、空腹という最高のスパイスと共にいただきたいじゃないか。
「あらあら」
「喧嘩はよしなさいな」
微笑ましいのか、まったりした視線が二人分、こちらに向けられる。
喧嘩と言われたけれど、こんな言い合い日常茶飯事。
言葉を正すならば、イジるというのが一番しっくりくる。
愛羽さんにも言われた事があるけれど、私はいじられるキャラのようで、こうして揶揄われているのは愛されて可愛がられている証拠らしい。
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「雀さんは先にこれをどうぞ」
「怜は何飲むの?」
由香里さんに差し出されたのは、ナッツが入った小さなグラス。
店長は即座にマティーニと蓉子さんに告げた。
「飽きないわねぇ」
苦笑を零す蓉子さんを見て分かるように、店長は、この店に来て最初に頼むのはマティーニ。それはもう何かに憑りつかれたみたいに、一番最初はマティーニと決まっている。
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ナッツをポリポリと噛み砕きながら隣をみれば、「飽きる訳ないじゃないか」なんて顔をして、マティーニを作る師匠のバーテンダー姿に魅入っている店長。
その様子からして店長だってここに来るのすごく楽しみにしてたクセに、と目の前に居る由香里さんに目で訴えると、彼女は眉をハの字にして小さく笑うに留めた。
その顔には「まぁまぁ。すぐにピザを作るからいい子で待っててね?」と書かれていて、ふんすと鼻から息を抜いて、私はもう一粒、ナッツを口に放り込んだ。
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「お待たせ」
「いただきます」
店長の前にマティーニが静かに差し出されて、それを作った主は道具を流れるような仕草で片付けながら、私に視線を向けた。
「雀は? 二十歳になったのかしら?」
「いえ、まだです」
「ふぅん? 何飲む? ビール?」
「聞いてました!?」
口元に手をあてて、コロコロと笑っている蓉子さんの横では、せっせと手を動かしながら、由香里さんも笑う。
これを、いじられると言うのだ。
すなわち私は、愛されているらしい。
「ああ面白い。雀みたいなコはうちのスタッフに居ないから怜が羨ましいわ」
「あげませんよ」
さらっと交わされる私争奪戦のような会話に、嬉しくなってしまう。
だって、この二人に取り合われるとか、嬉しくない訳がないじゃないか。
思わず顔がほころんでしまったのを見つけられて、隣から鋭い台詞がとんでくる。
「面白いってだけで、バーテンの腕は買われてないからね?」
店長に突っ込まれるけれど、それでも、いい。
「分かってますよそんなの。でも嬉しいじゃないですか」
「まぁ」
「あらあら」
「アンタねぇ……」
三者三様な感心というか驚きというか呆れというか。そんな声が掛けられるけれど、私の顔はにやけたまま。
「雀には特製ドリンク作ってあげましょうね」
「ありがとうございます」
なんか、皆の視線が、生温かく感じた。
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