※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 酔うに任せて 3 ~
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「あら」
意外な人物が来た。なんて思っていそうな声が店の奥から聞こえた。
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最寄り駅から歩いて「酔」に到着したのは6時になる3分前。
6時オープンの店なんだけど、店先の看板は出ているし、灯りが点っていたから店長は迷わずその扉を開けた。
扉を抜けると、まず目に入ってくるのはカウンター。その内側に立つ人物には見覚えがある。
名前を由香里さんといって、……そういえば、苗字は知らない。
彼女はれっきとしたバーテンダー。なんでも大会に出場して賞をとるくらいの腕前らしい。
バーによっては店の雰囲気も考えずに、スタッフが賞を取ればトロフィーやら賞状やらを店内に飾って、店の技術を誇示するところもあるのだけど、この「酔」はそんな事しない。
和テイストの店内には囲炉裏があるくらいに、蓉子さんがこだわって作った店だ。
スタッフの技術なんて、お酒を飲む人からしたら美味いか不味いかのどちらかだけなのだから、いくら賞状を見せ付けたって仕方ない。そう言って、蓉子さんは店にいらないものは絶対に置かない。
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「いらっしゃいませ」
にっこりして、店長と私をカウンターの内側から迎えてくれたのは、由香里さんで、奥の囲炉裏の方から意外そうな声をあげたのは、蓉子さんだった。
「こんばんは、由香里」
店長はふんわりしたその笑顔に軽く目元を緩めてから、お客さんがまだ入っていない店の奥へと首を巡らせた。
「あら。って昨日連絡したでしょう?」
「そういえばそうだった。今思い出したわ」
呆れたように文句を言ううちの店長を、蓉子さんは余裕の笑みでかわす。
そんな二人を傍目に、私はカウンターへと歩み寄った。
蓉子さんは優しいけれど、癒しレベルでは由香里さんの方が断然上なのだ。この人と話すと、もうほんと、心のマッサージに来たのかと思うくらい、癒されるから、私は由香里さんが大好きだった。
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「いらっしゃい、雀さん」
「こんばんは。由香里さんのピザ食べに来ました」
いやいやここはお酒飲む所だから、なんてツッコミをこの癒し系はしない。
それとは真逆に、ふんわりと微笑んで、「あら嬉しい。マスターから聞いたの?」と首を傾げてくれるのだ。
おっとりと喋るひとなんだけど、この時ばかりは、私が返答を口にするよりも早く、由香里さんが更に続けた。
「それとも、愛羽さんから?」
ちょっと悪戯っぽくなった瞳の色とその言葉から、私と愛羽さんの仲がどういうものなのか、蓉子さんからこの人へ伝わっているようだと覚る。
「おしゃべりだなぁ蓉子さん」
後ろ頭をかしかしとかく。
愛羽さんが「酔」の常連だったということは、この由香里さんとも面識があったはず。
私の知らない所で、共通の知人が居たのは、なんだかひどく、照れてしまう。
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ふふふと口元に手をやって上品に笑う由香里さんはカウンター席と、テーブル席を見比べて、「どっちに座る?」と私に選択権を与えてくれた。
この瞬間が私はたまらなく好きだ。
「酔」の中では自由にしていいのだと言ってくれるのは、私はそれなりに、ここの人達から認められているのと同義だから。
「んーと、由香里さんのピザはそこで作るんですか?」
「ええ」
「見てていいですか?」
「どうぞ。そんなに楽しいものでもないかもしれないけれど、いいの?」
もちろん。と頷く私にカウンター席を勧めてくれた由香里さんは早速といったようにゴソゴソと準備を始める。
そんな彼女に声を掛けたのは、店長。
「由香里。アタシにも焼いて」
「はぁい」
店長に向けてにっこりふんわり笑う横顔も、こちらの笑みが誘われるくらいに癒し系だった。
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「あなた達、バーに来てお酒より先にピザを頼むってバーテンダーの端くれとしてどうなのかしら」
仮にも、バーの店長を捕まえて”バーテンダーの端くれ”だなんて表現するのは、この蓉子さんくらいなものだ。
だけど、確かにドリンクも頼まずピザを頼んだのはちょっと順番を間違った。
「あはは……すみません蓉子さん。あとこんばんは」
彼女への挨拶もまだだったと思い出して、カウンターの内側へ戻ってきた蓉子さんにぺこと頭を下げた。
「いらっしゃい。雀もこの間ぶりね」
さらりと微笑みを向けられ、その綺麗な顔立ちに多少なりともどきりとする。
と、同時についこの間、蓉子さんに嫉妬したんだったなと記憶が甦ってきた。
そうだ。確か身の程もわきまえずにいっちょ前に、この蓉子さんに嫉妬したんだった。
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