※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 酔うに任せて 2 ~
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「まぁ皆の気持ちも分からなくはないけれどね」
そう言って苦笑を浮かべる店長の表情は穏やかなものだ。
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蓉子さんと会う時、いつも私の傍には店長が居る。
その場所が「シャム」か「酔」かの違いで、彼女の表情は随分と緊張感が違う。
今日は自分がお客さんとして蓉子さんに会うから、肩に力が入っていない。
これが「シャム」だと、どうしても肩が凝ってしまいそうなくらい、力を入れている。
傍から見てそうなのだから、本人はもっと疲れるだろうなと可哀想になるくらいだ。
しかしかく言う私も、「シャム」で蓉子さんに会った日は、お風呂に長く浸かりたくなるくらいには肩が凝る。
あの威圧感はどうにかならないものか。
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「遥さんは来るかなって思ってましたよ」
遥さんというのは、店長の恋人だ。
看護師をしていて、店長とは同棲している。
私とのつながりはというと、ゲーマー友達と言ったところ。
彼女はバーテンダーではないので、蓉子さんから優しくしてもらった経験しかない。だから随分と「酔」もその店主も好いているようだった。
恋人の名を聞いた店長は「ああ」と小さく笑う。
「遥は仕事。酔に行くって言ったら羨ましがってたけどね。一人でも顔出せばいいのに、自分だけで行って誰か分かってもらえなかったらショックだからって行かないのよ」
遥さんは素直に感情を行動で示すタイプの人だから、多分、家で駄々捏ねたんだろうなぁと、容易に想像できる。
店長につられて笑いながらも、私は同棲している二人の生活リズムが合っていないことを察知した。
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バーテンダーは夜の仕事だし、看護師は昼も夜も仕事があって不規則。その二人の自由な時間が揃うのは、なかなかに難しいことのようだった。
「……一緒に住んでても、中々時間って合わせにくいですか?」
「ん?」
赤信号で立ち止まった店長が片眉をあげて不審そうに私を見下ろした。
1秒か、2秒。じっとこちらを見つめていた瞳の奥の色がじんわりと変化していく様から、店長が私の言わんとする所を察してくれたのだと認めて、ありがたくも少々居心地が悪く、また、くすぐったい。複雑な心境で私は信号機へと視線を遣る。
「まぁ二人とも仕事してるからねぇ」
私につられたのか。それとも単純に気になったのか。
一度赤信号に視線を投げて、私へ戻ってきた瞳は、僅かに弧を描いている。
「なぁに? 最近すれ違うの?」
疑問文をぶつけてくる店長。
愛羽さんと私が、すれ違うのかと聞いているようだが……私は首を横に振った。
どうやら店長は、核を読み取れ過ぎている。
別に今は、すれ違っている訳じゃない。
愛羽さんの帰りが遅かったり、私がバイトで夜遅くまで出かけていたりはするが、二人の時間が全くないということは無い。
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だから、私は首を横に振ったのだけれど、店長は余計にその行動で理解を深めてくれたらしい。
彼女はフッと鼻先で笑んで、
「未来の事に不安になっても仕方ないでしょ」
肩を竦めた。
――う……やっぱりお見通しか。くそぅ。
そうなのだ。すれ違いが今なくても、私が社会人になったら、どうなるのかなと疑問が沸いてしまって、つい、不安になったのだ。
出来れば愛羽さんとは一生一緒に居たいと思っているから、なおさら、すぐに不安になってしまう。
「ほら。行くわよ」
苦笑交じりの声に促され、二の腕をぽんと叩かれた。
気持ちを切り替えるようなその仕草に助けられて、私は真っ直ぐに青信号を見つめた。
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