※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 酔うに任せて 1 ~
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ある日の夕刻。私の携帯電話にメッセージがひとつ入った。
差出人は井出野怜。私がアルバイトをしているカフェ&バーの店長だ。
「?」
勉強机について大学の課題をこなしていた私は、シフト変更かな? なんて彼女からの連絡内容を予想しつつ、携帯電話を手にとった。
端末を操作して、メッセージ本文を開く。
『明日の夜、暇?』
愛想も可愛げもないメッセージが表示されたけれど、逆にそれらがあっても怖い。
……にしても……なんだ。なんの用事だ。
別に仕事で失敗した覚えはないんだけど、こういうふうな連絡をもらってしまうと、「自分、何か、失態を犯したのでは……?」という不安が全身を駆け巡る。
正直なところ、『明日の夜、〇〇〇〇したい(もしくは行きたい)んだけど、暇?』とメッセージを入れて欲しい。
これならば、気が乗らない用事ならやんわりと言い訳をして逃げられるのに、暇と尋ねられると、暇と答えた以上は付き合わなければいけない。
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「う゛ー」
どうしよう。いやでも、店長からの誘いに乗っていいコトって結構あるしな。
なんか面倒事押し付けられるときだってあるけど結局そんときはお駄賃みたいなご褒美が最後は待ってるし……。
「あ゛ー」
まるでゾンビ映画みたいな声を出しつつも悩む。
暇、暇じゃないの天秤は、暇の方に傾いている。
だけど私の指を止めているのは、目の前の課題。
ゆったりめの課題消化計画を立てていた私は、これを今日と明日とで消化する予定だった。
だけど、店長からのお誘い内容によっては、今日ですべて片付けなければいけない。
2日に分けたらそうでもないけど、1日でこなすには多い量の課題。
「ん゛ーぅ…………よし」
仕方ない。
行きたいと思ってしまったんだから。
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『暇です。どこか行くんですか?』
とメッセージを返信して1分も経たず、その返事はやってきた。
『酔に行こうと思って。ピザ、食べに行くって言ったでしょ?』
『行きます!』
私は即座にメッセージを返した。
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翌日、待ち合わせの5時半。
「酔」の最寄り駅に集合した私は、店長の他に知り合いが見当たらなくて、きょろ、と周りを見回した。
「もしかして、二人ですか?」
「なによ、アタシと二人きりだと何か問題でもある?」
「いや別にないですけど」
即答するけれど、若干、焦ってはいる。
だって、店長のお酒のペースってば早いからそれに付き合うとなると、複数人でかかっていかないとすぐにこっちが潰れてしまうんだもん。
それに加えて、今から向かう「酔」のマスターは、店長のお師匠様。
私の師匠の師匠が作るお酒が、マズイ訳がない。
余計お酒が進んで多分明日は二日酔いだろうなと、お店に到着してもいないこの時点で、私は既に確信した。
「ほかにも酔行きたい人多いと思ってたんで」
当たり障りのない事を言いながら、二人で「酔」への道を歩きだす。
「うちの面子はそんな行きたがらないわよ。怖いって言って」
「あはは。お客として行くぶんには、全然怖くないの、皆知らないんだ」
店長のお師匠様こと、青木陽介さん。別名、青木蓉子さん。
いわゆる女装家というひとにあたるのだろうか。まだモノはついていると聞いたことがある。だけど、綺麗なドレスを身に纏っている姿は、女性と見紛うほどの方。
要するに、生物学的には男性が、女性の恰好をして、女性の名前を名乗っている状態だ。
蓉子さんと呼ばなきゃ彼女は怒るし、「彼」「彼女」でいうなら「彼女」と言わなきゃ怒る。
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そんな人が、たまに、店長の店である「シャム」に足を運んできてくれる。
その都度、「気が抜けていないでしょうね?」と言って店長をはじめ私達のバーテンダーとしての腕前をチェック、そして指導をしてくれるのだけれど、それがまぁ恐怖恐怖。
うちのスタッフ全員が、蓉子さんの登場を目にした直後、思うのは「ひえぇぇ」という恐怖からの悲鳴だ。
もちろん声にこそ出さないが、あの太郎君でさえ怖いと言うくらいの人物だ。
だけど。
「アタシも酔に行くのは好きよ」
歩きながら店長は微笑む。
そう。この店長の顔を見ても分かるように、蓉子さんは「酔」のマスターで居る時は優しい。
シャムにやってきた時の監視兼指導をする彼女は厳しいし怖いけれど、自分の店でバーカウンター内へ立っている時はその片鱗すら見えないくらいに、蓉子さんは優しいのだ。
でも皆怖がって「酔」に行かないから、それを知らないのだ。
蓉子さんの、本当の優しさを。
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