※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 53 ~
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いつの間に携帯電話の通話終了ボタンを押したのか、雀ちゃんが自分の耳からそれを離していた。
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「さすがに、こんな事態は予想してなかったですけどね」
雀ちゃんはこちらに携帯電話を差し出しながら、わたしの背中をぽんぽんと軽くたたいた。
そのあやすような仕草に、首を振りながら、掴んでいた二の腕の服をクンと引っ張る。
「ねぇ……どうしてそんなに普通にしてられるの? わたしが行っちゃってもいいの?」
我ながら、なんという質問か。
わたしが仕事に行かなくちゃいけない立場なのに。
わたしが、彼女を置き去りにする立場なのに。
どの口がそんな質問を吐くのかと思うけれど、わたしに代わって電話対応をしたり、丁度車があるから送っていくだとか、わたしの為に尽くしてくれようとする雀ちゃんの心が、どんな想いを抱えているのか知りたくて仕方なかった。
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行って欲しくないと、身動きできないほどきつく抱き締める訳でもない。
勝手に行けばと、怒ってわたしを突き飛ばす訳でもない。
どこまでも優しくて紳士的なその行動が出来るのは、何故なのか。
先程まで、離れ難い程に互いを求めあっていたのは…………嘘、だったのか。
彼女の真意が理解できなくて、失礼極まりない想像が頭を駆け巡る。
だけど、不安と焦燥感と疑心がごちゃませになったわたしは、軽いパニック状態で、この優しい恋人の心を落ち着いて推し量る事が出来ないでいた。
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「うーん、と」
いつまでたっても、仕事の象徴である携帯電話を受け取らないわたしに、やはり困り顔を向けて、雀ちゃんは自分の横にそっとそれを置いた。
「そりゃあ本音は行って欲しくないですよ? 今すぐベッドに連れて行きたい」
「じゃあなんで」
「好きだからです」
わたしを遮った雀ちゃんの言葉に、迷いも淀みもない。
「例えば愛羽さんが私のヒモだったとして、私とのえっちより他の誰かとの買い物を優先するなら、どんな手を使ってでもそれを阻止します」
唐突な例え話に、軽く目を見張るけれど、その分かりやすい話の内容に、気を取り直して、わたしは小さく頷いた。
「でも、愛羽さんはお仕事してて、それでお給料もらって生活してます。ちゃんと自立してる。そんな貴女の邪魔は出来ません」
「……でも……今さっきまで、仕事の量減らすとか、言ってたのに?」
あと、えっちしそうな雰囲気もあったのに。とは口に出せないけれど、もう片方の手も彼女の胸元の服を掴んで、主張しておく。
そんなわたしの訴えを正しく理解してくれたのか、雀ちゃんは悔しそうな苦笑を浮かべた。
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「私が仕事し過ぎって言ってたのは、持ち帰る必要もないような……必要以上の仕事を愛羽さんがしてるって聞いたからです。そりゃあ、会社の仕事をやればやる程昇進するとかあるのかもしれないですけど、仕事やり過ぎて体壊したら元も子もないですし」
そこまで言ってから、瞳の色を優しげに変えた雀ちゃんが、胸元に縋るわたしの手を掬い上げるようにして握った。
親指以外の4本を軽く握って、指の甲を雀ちゃんの親指が撫でる。
「仕事放り出させて、今、貴女を抱いても、きっと、気持ち良くしてあげられないから」
撫でた指先に唇が押し付けられる様を、まるでスローモーションのように眼に映しながら、彼女の唇から流れ込んでくる愛情の深さに、胸を詰まらせた。
「後味の悪いセックスしても、全然楽しくないですよ、きっと」
「……雀ちゃん……」
「それに、私より、私を置いて仕事に行かなきゃいけない愛羽さんの方が辛いんじゃないかと思うと、仕事行かないでーとか言う気も起きないですよ」
電話取る前の段階じゃ、ここまでの大事だと予想もしてなかったんで駄々捏ねたんですけどね? と冗談めかして笑う雀ちゃんは、わたしの手から頬へと撫でるターゲットを移して、その愛情を惜しみなく注いでくれる。
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「そんな泣きそうな顔しないで。今仕事に行ったから嫌いになるとか絶対にないですから。……むしろ、今、仕事に行かない愛羽さんはちょっと格好わるいなって思っちゃいますよ?」
「うぅ……行く、……けど」
嫌われたくない。
「ああ泣かない泣かない。大丈夫ですから。もちろん、埋め合わせは次のセックスでしてもらいますし」
「え゛」
さらりと言ってのけられた爆弾発言に、出かけた涙も引っ込んでピシリと固まる体。
埋め合わせ……の、せっくす……。
「分割払いでいきますか?」
「ぶ、ぶんかつ……」
ちょっと待て。一体どれくらいのツケが今日わたしに課せられるのか。
それは分割しなければ返せないくらいのツケな訳か。
背中を冷や汗が流れる頃、雀ちゃんは愉しそうに笑って、「冗談ですよ」と言ってくれたけれど、目が本気だし、こういう所はちゃっかり、きっちりしている子だ。
たぶん次のえっちは寝かせて貰えない。
「あぁそうそう、まーさんからの伝言です。明日の夜まで多分帰してあげられないと思うからお風呂入ってきて。スッピンで来てもいいけど、男共も居るって事お忘れなく」
だそうですよ、とわたしの上司からの伝言を伝え終えた彼女は、あろうことか、わたしを抱いてソファから立ち上がった。
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