※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 54 完 ~
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「ぅひゃわっ!?」
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まさか抱き上げられるだなんて思ってもみなかったわたしの口から可愛くもない悲鳴があがる。
だけど恋人フィルターがかかって目も耳も曇りきっている雀ちゃんは「可愛いですね」とか言いながら、バスルームへ続く廊下へと向かう。
「ちょちょちょっと待って」
「待てないです、お風呂上がりでいい匂いの恋人を狼の中へ送り出さなきゃいけない私の立場も分かってください」
「違う違う。着替えがこっちの部屋にないの」
こっちの部屋、というよりは、雀ちゃんの家なんだけど。
互いの家でお風呂に入ることは、ままあるからパジャマや替えの下着は置いてあるんだけど、流石に会社に行くためのシャツやストッキング、スーツは無い。
「……そうか。じゃあ駄目ですね」
くるりと踵を返して、今度はわたしを抱えたままベランダへと向かう雀ちゃんは、外へ続くドアの前でわたしをそっと下ろしてくれた。
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「準備が出来たら呼んでください」
「本当に車で送ってくれるの?」
「ええ。丁度、借りてる車が下に停めてあるんで」
「でも、まだ電車動いてるのよ?」
置いてけぼりにして仕事に行くのに、さらに送ってもらうだなんておこがましい気がしていけない。
ありがたい申し出だけど、素直に喜べないでいるわたしの頬を撫でた雀ちゃんが、軽く身を屈めて額に唇を押し付けた。
「さっきも言ったでしょう? お風呂上がりの恋人を電車に乗せたがると思いますか?」
随分と”お風呂上がり”に執着しているけれど、平常時とそんなに違うものだろうか?
雀ちゃんがお風呂上がりのわたしを電車に乗せたくないのは分かったけれど、その理由が皆目見当つかない。
首を傾げると、呆れたように目を細め、溜め息を吐かれた。
「男心が分かってないなぁ……」
「雀ちゃんだって女の子じゃないの」
憮然として唇を尖らせると、「分かってない……」と繰り返した雀ちゃんが、わたしの唇を軽く啄んで、離れた。
両肩に手を置いてくるりと体を反転させられて、背をぽんと押された。
準備をしてこい、ということらしい。
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てっきりわたしの準備が整うまで、傍について回る気なのかなと思っていた手前、あっさりと一人で部屋に送り出されて、内心拍子抜けしていた。
だけども、拍子抜けしてぼーっとしている場合ではないと、早々にバスルームへと向かう。
まーはお風呂に入ってから会社に来てと言ったらしいけれど、出来れば一分でも早く来て欲しい心持ちだろう。
プレゼン前日にデータを消すだなんて前代未聞だ。わたしがあの会社に勤め始めてからそんなハプニング……というか明らかな人為的なミス、聞いたことがない。
なんでそんなことになったのかは謎だけど、あのまーが一人では手に負えないと判断して、チームの主力を担う伊東君、横田君、神崎さんを呼び出した所を見ると、事態は切迫している。
――明日のプレゼンの相手は、うちの会社を気に入ってくれている取引先なのに……。
気に入られている取引先から斬り捨てられるのは随分と痛い。
精神的にも痛いが、会社としても「まぁこの取引先との契約は取れるだろう」と踏んで、それでも優秀なメンバーで固めたチーム編成をするほどに、大切にしている案件だったのに、その契約がとれないとなると、業績や売り上げに多大なる誤算を生む。
「……やってくれるわね、ほんと。多田くん」
はっきりと「多田が消した」とまーは言っていたからそうなんだろう。
コネで入社したのかは知らないが、あそこまで人に迷惑をかける人種も珍しい。
溜め息を吐きながら下着を脱ぐと、先程の名残りが。
愛液が盛大な染みを作り、さらに、膝まで下ろした下着と、わたしの秘所を繋ぐように有り余る愛液が糸を引いた。
――こ……んなに濡れる……? ふつう……。
どれだけ昂っていたのか。自分の予想をはるかに超える濡れ具合に驚きと羞恥を抱えて、ああこれはおりものシートを用意しておいた方がいいと判断した。
きっと、外に排出されていないだけで、膣内には愛液がたっぷりと満ちているだろうから。
そんな愛液を必要とする機会を延期させた人物を恨むけれど、恨んだからと言って事が好転する訳でもない。
だから今は、仕方ないと様々な想いや考えをとりあえずひとまとめにして、隅っこに置いておく。
そして、問題解決に全力で臨むのが、好ましいのだ。
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隣恋Ⅲ~宿酔の代償~ 完
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