※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 45 ~
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「ぁ…え、っと……」
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何から言えばいいのか。
何も考えずに電話をとろうとしてごめんなさい。
怒らないでくれてありがとう。
呆れないでくれてありがとう。
悪い癖も認めて、受け入れてくれてありがとう。
嫌いにならないでくれてありがとう。
言わなければいけない事も、言いたい事もたくさんある。
だけど、その全部がごちゃまぜになって、喉でつっかえている。
ひとつひとつ整理すればいいだけの話なのに、今の自分にはそれがひどく、難しいことのように感じられる。
言いたい事があるのだと察して、促してくれた彼女に見つめられれば、見つめられる程、何から言おうか迷い、悩んでしまう。
何度か口を開いては言葉を探し損ねて、口を閉じるを繰り返したころ、ふわりと頭になにかが触れた。
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わたしの頭に触れたのは、雀ちゃんの手だった。
重ねて握り合えばわたしよりも大きいその手が、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれる。
「……」
そんなことをされると思ってもみなかったわたしは、目を丸くして、固まった。
だって、慰めるのは、わたしの役目なのに。
これじゃ逆で、慰めてもらっている構図だ。
「ゆっくりで、いいよ」
柔らかに告げられたのは、言葉を紡げないでいるわたしを穏やかに見守る彼女の優しさだった。
まったく。
ほんとうに。
今日は、立場が逆転しきっている。
どうしたことか、と思う一方で、彼女の一言が鍵となって、胸の奥、腹の底から熱いものがせりあがってきた。
感情に質量というものが存在するとすれば、もう、それはもう、大量の熱いものだった。
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「すき」
始めに零れたのは、吐息の呟きだった。
雀ちゃんに聞こえたかどうかも怪しい音量だったけれど、どうやら幸いにも伝えたい相手に届いていたらしく、優しい声音で「うん」と返ってきた。
「大好きなの」
「私も大好きだよ?」
もちろん当然と言わんばかりの返答に、せり上がってきた熱いものが、その温度を上げた気がする。
「……好き過ぎる以上に好きなの」
好き。
好き過ぎる。
それよりもずっとずっとずっと、好きなのだ。
暴走に近いような言葉遣いで告白したわたしは、はしたなくも、開いた唇から舌を覗かせる勢いで、彼女に口付けた。
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言わなきゃいけない言葉がたくさんあったし、謝ることも、お礼も、あったのに。
感情の昂りに任せて、仕掛けたキス。
「ん、…は……っ、すき……」
無遠慮に舌を差し込み、性急に求める。息継ぎの間も惜しむように、うわごとのように告げる。
「すき。……雀、ちゃん……」
伸ばした舌に舌を絡めて迎えてくれる雀ちゃんの手が、いつの間にか背中にまわっていた。
わたしを抱き締めるその腕が思いの外力強くて、どきりとする。
ぎゅっと引き寄せて、抱き締めて、まるで離さないと云うような腕に、本日やけに乙女思考な胸は、きゅんとしてしまう。
「すき」
そしてまた繰り返すうわごとに、言わなきゃいけない言葉を告げられずに、口付けばかりが深まってゆくのだった。
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どのくらいそうしてキスとうわごとを繰り返していたのだろうか。
前触れもなく突如、部屋に鳴り響いたのは、着信音だった。
「す」
丁度、うわごとの前半を言い終えた瞬間に鳴り始めた着信音。それに遮られる形で驚いて固まったわたしを、普段より幾分か熱の篭った瞳が見つめてくる。
「続きは?」
「え?」
「すの続き」
「え、あ、の……電話、鳴ってるけど……」
わたしの携帯電話は消音バイブの設定。だから、電子音が鳴り響くということは、雀ちゃんの携帯電話が着信を知らせているということなんだけど……。
その持ち主である彼女は、「すき」という言葉を完成させたい様子で、こちらを熱心に見つめて催促してくる。
その顔は、どう見ても、「電話なんてどうでもいい」と暗に告げている。
「す?」
やはり、電話よりも「すき」を優先させたい様子で、こちらの言葉は無視の上で、催促を重ねた。
「……き」
逆らえない何かを感じて観念して後半を告げると、雀ちゃんは嬉しそうにわたしの頭を引き寄せた。
「え、ぇちょ、でん」
わ、という言葉は紡がせてもらえず、キスでくぐもった不明瞭な音声だけを、雀ちゃんの口内で震わせた。
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