隣恋Ⅲ~宿酔の代償~ 44話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 宿酔の代償 44 ~

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「とって慰めて」

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 咄嗟に、雀ちゃんの言うことが全部、理解できなかった。
 彼女から与えられている快感に翻弄されていてというのもあったけれど、それだけではなくて、言葉の前半の意味が分からなかったのだ。

 一瞬、首を捻りそうになったけれど、耳に舌を差し込まれる前に彼女がなにを言っていたのか、記憶を手繰り寄せてみる。

「とりあえず」
「電話が鳴ったら即座にとる状態から」
「インパクトのある行動をとれば目も逸らせないでいる状態まで変化させられた」
「だから、まぁ、今日は、いいかと」
「思うけど、やっぱり傷付いたし、電話の相手にはむかついたから、責任」

 とここまできて。

「とって慰めて」

 に繋がるのか。

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 その合間合間に与えられた快感で、よく記憶が飛ばなかったものだと自分を褒めてやりたいが、今は、顔をわたしの正面にもってきて、唇の端をかるく上げている恋人を慰める任務が、待っている。

 やはり、迷うことなく着信を知らせる携帯電話へ手を伸ばしたのは、意図的ではないにせよ、彼女を傷付けてしまった。
 そのことは、間違いなくわたしに落ち度があるし、彼女自ら、慰めを要求する事も珍しい。その上、わたしの仕事優先の行動に溜め息や苦笑を浮かべずにこんな挑戦的な言葉を告げたひとは初めてだったので、言われたから慰めるというよりは、言われなくても慰めただろうし、こちらから頭を伏しておねがいする。

「わたしに慰めさせてくれる?」

 貴女を、傷付けた張本人に。
 もう仕事優先にしないからと約束すらしてあげられない薄情な恋人に。

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 いつも鈍い鈍いと思っていた雀ちゃんだけど、いざという時は何か秘めたる力を発揮するようで、彼女はその顔を優しい笑みで満たして、わたしと手を重ねた。
 正面から重ねた手は、手のひら同士をくっつけて、指を絡めて握られて、さらに、力強く握り込まれた。

 そして、わたしの心を見透かしたような言葉を紡ぐ。

「嫌いになんか、なってないから」

 優しいけれど力強く握ってくれるその手から、確かに伝わってくる気持ちに、胸が締め付けられて、甘く、いたい。

「仕事熱心なとこも含めて、好きだから」

 じわ、と滲む視界が、揺れた。
 水の膜の向こうで、雀ちゃんがわたしを見つめている。

「でも、はやく慰めてくれないと、いやだ」

 ちょっとだけお道化て、催促する雀ちゃんの優しさに、鼻の奥がツンとなる。
 泣いてる場合じゃないのだ。わたしは、彼女を慰めなきゃいけないんだから。

 こんなふうにわたしの悪い癖まで好きだと言ってくれる人が、慰めてよ、とわたしを求めてくれているのだ。

 泣いてる場合じゃない。

 わたしは、雀ちゃんに、キスをした。

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 こちらからのキスに満足そうな息を漏らす彼女の肩を、軽く押して、覆いかぶさる雀ちゃんの体を浮かせてもらうと同時に、ぎゅっと握ってくれていた手も解く。

 本当は、ずっと握ってて欲しかったけれど、それでは体勢がかえられないから、ちょっとだけ寂しいけれど、仕方ない。

 手を解いてもらうと、両手が自由になって、わたしはその手で、彼女の両肩を押し上げた。クエスチョンマークを頭上に浮かべつつ、わたしの上から退いてくれた雀ちゃんをソファに座らせて、その膝の上に、向かい合わせになって座ったわたしは、彼女の首に両腕をまきつけた。

「大胆」

 揶揄うように小さく笑って、雀ちゃんが言う。
 その顔はいつもみたいに初心な様子は見てとれずに、”もしや普段「うっ」とか呻いて真っ赤になっているのは、演技では?”と考えが過ぎらないでもないが、この子のことだ。
 きっと、どんな時も、本音で、本気なのだろう。

 わたしの色気にたじろぐのも、余裕の笑みで面白そうにこちらを見つめているのも、どちらもその時の、正直な彼女なのだ、きっと。

 両手を彼女の首の後ろで組んで、彼女の太腿にお尻をつけて、脚は膝を着くよう外向きに曲げてソファの上に投げ出す。
 ある種、対面座位という体位に近いものがあるなと頭の隅で考えつつ、大好きなひとへと目を向ける。

「ん?」

 そんなに、何か言いたげな顔をしていたんだろうか。
 見つめる視線を受けて、雀ちゃんは微笑み、小首を傾げた。

 まるで、わたしの言葉を促すように。

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