隣恋Ⅲ~宿酔の代償~ 42話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 宿酔の代償 42 ~

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 こちらを見下ろす瞳は、剣呑。

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 まるで息すら奪ってしまおうかと言わんばかりの深い口付け。
 いつもなら、こんな口付けを施される最中は、目を閉じてその感覚に必死についていくのだけど、今回ばかりは瞼を閉じるどころか、瞳を一ミリだって動かすこともはばかられた。

 だって、酷く鋭い光を湛えた瞳が若干不機嫌に細められて、わたしを間近で射貫いているのだから。
 視線を逸らすこともできない。

 ガタガタと喧しく机を叩いていた携帯電話の着信は、いつの間に切れたのか。
 聞こえる音の代表が、携帯電話のバイブから自分の心臓の音に変わっていた。

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 やけにゆっくりと離れた唇と唇。
 快感を求めるとかそんなんじゃなくて、キスを止めないでほしいと願ってしまった。

 ――叱られる。

 だって、雀ちゃんが怒っているのは明白だし、その理由だって、なんとなく、思い当たる節があるから。

 ――誰だって、自分とのキスより、着信優先されたら怒るわよね……。

 しかも、ついさっき、仕事の量を減らすという話をしたばかりなのに。

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 いやでも、今の電話は、仕事関係の話ではなかったかもしれない。
 友人から遊びの誘いだったかもしれない。実家からの元気にしているかと安否を気遣う連絡だったかもしれない。

 それは……分からないけれど。

 ――どんな内容の電話だったとしても、迷いなくケータイに手伸ばされたら、怒るわよねぇ……。

 つい、電話がきたらとる、という条件反射が働いてしまって、状況も考えずにやってしまった。

 ――ほんと……なんにも考えずにやっちゃった……。

 これは、平謝りするしか、なさそうだ。

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 平謝りしても、許してもらえるかどうか……。

「ごめん……なさい」

 彼女が何か言う前にと、わたしが先に口を開くと、彼女の眉がぴくと動いた。
 その様子に、取り付く島もないということは無さそうだと判断するけれど、”ついやってしまった行為”を、次から絶対気をつけるから許して、とも言えず、二の句が継げない。

 だって、”つい”は無意識だから、もしかしたら次もまたやってしまうかもしれない。
 だから……「次は絶対気をつけるから」と約束が、できなかった。

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 よく頭が固いと言われるわたしには、「とりあえず謝っとけばいい」とか「次やってしまったらやってしまったで謝ればいい」とかそういう類のことが、無責任に思えて、出来ない。
 仕事でもプライベートでも。

 職場ではまーに「もうちょっと砕けないと、愛羽がいつか砕けるよ」と言われたこともあるし、プライベートでは友人や恋人に苦笑されたことしかない。

 大切な仕事だからこそ、大切な友人、恋人だからこそ、無責任なことをしたくない。
 だけど、この頑固さゆえに、周囲からは嘆息をつかれ、苦笑を浮かべられるのだ。

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「ごめん」
「……」

 逸らせないでいた視線で、剣呑な光を宿したままの瞳を見上げて、約束はできない不甲斐なさを胸に、謝罪だけを繰り返す。
 しゅんとしおれた声色を聞きながら、わたしに覆いかぶさるこの恋人は何を思っているのか。

 たぶん、いつものように苦笑されるのだろうなぁとか、もしかするとそれ以上で、この後喧嘩に発展してしまうのだろうか、とか、どれにしたって嫌な想像が頭の中に広がってゆく。

 いやでも、雀ちゃんに怒られたって言い返す言葉もないから喧嘩にはならないか。と胸中で溜め息をつく。
 まったくどうして、自分はこんなに仕事人間になってしまったのか。

 ていうか、仕事人間ならばどうして恋人を選んでしまうのか。
 「仕事と私、どっちが大事なの」という台詞が有名であるようにその二者は、両立が難しいとされている。
 世の中探せば、両立をしている優秀な人達も居るけれど、それはごく一部の人間だけだ。

 大体のカップルは不満を抱えていながら、我慢するという形で、恋人という関係をなんとか保っている状態なのだ。

 ――もしかしてうちは、雀ちゃんが専ら我慢してくれてて、関係が維持されてるって……こと……?

 当たらずとも遠からずの推測ではないのだろうか。と、胸の内に黒い闇が広がった瞬間、ずっと見つめていた彼女の表情が、悔しそうなものに、変化した。

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