隣恋Ⅲ~宿酔の代償~ 36話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 宿酔の代償 36 ~

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 彼女は理解しているのだろうか?

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 いつも自分がしているやり方で、まさに今、自分が焦らされているということを。

 きっと、分かってない。
 こんなにも簡単に、声を漏らすほどに、気を昂らせているのだから。

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 首筋にあてた指先。
 人差し指一本の爪で、雀ちゃんの顎のラインから鎖骨までを撫で下ろす。

「ぅ、……っ」

 喉が、小さく震えて、その中心が上下に動いた。
 どうやら、唾を飲み込んだらしい。

 嚥下されてしまった唾液を惜しく思ってしまうくらいには、わたしはどうやら変態的な性癖が目覚めつつあるようだ。

 ――でも…………、この体勢でキスしてたら、きっと……。

 わたしに覆い被さる雀ちゃんの鎖骨を端から端へと撫でつつ、深いキスの最中に起きるであろう事態を予測して、欲がかき立てられる。

 ぞくりとした背中の感覚に、自分を見失いそうになる。

 ――……っと、だめだめ。しっかりしなきゃ。

 そろそろ、次の段階へ、移行する頃合いなのだから。

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 瞼を開けて目視で確認すれば、雀ちゃんの唇はわたしの唾液でてらてらに光っていることだろう。
 けれど、あえてその淫靡な光景を見る目に蓋をしたままで、わたしは彼女の耳を撫でる指先を、その髪に挿し込んだ。
 横から後頭部を抱えるように挿し込んだ指で、彼女を引き寄せて口付けを深くする。

 それまで断片的に口呼吸を許されていた彼女がそれを封じられて、小さく呻くけれど、口内へと侵入させた舌で、苦しさから意識を外させる。

 ――貴女が欲しがっていた舌よ?

 安い台詞で「これが欲しかったんだろ?」なんてものがあるけれど、ただ己の欲望を押し付けた強引な意識のすり替えではなく、焦らされて待ちきれない程に欲しくなったものを与えられたときの快感は、この台詞によってその快感を増幅させられる。

 だけど、キスの最中じゃ、安い台詞も吐けない。
 テレパシーでも使えたら言葉攻めもできるのに、と常人にはできもしない超能力を、不純な理由でわたしは欲しがるのだった。

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 挿し込んだ口内は、わたしの舌を溶かしてしまいそうなくらいに熱い。
 言葉はなくとも、待っていたのだと訴えるように雀ちゃんの舌が絡んできて、舐める。

 ねろ、と彼女の舌がわたしを舐めてくる。
 その行為には「愛羽からキスして」と告げていた余裕の影すらもない。だが、焦らされ慣れていない雀ちゃんからすれば、よく我慢していたほうかもしれない。

 このまま、流れに任せてしまおうか。でもそうすると、こちらが取得しかけているイニシアチブは雀ちゃんへと戻ってしまう。それは惜しい。けれども熱くて柔らかい舌は、正直、気持ちいい。
 迷っていると油断が生じ、舌の横側を撫でられると、わたしの口から声が、零れた。

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 丁度、唇同士に隙間が出来ていたのも、まずかった。
 甲高く短くあがったわたしの声に、自分自身も驚いたし、きっと雀ちゃんも多少なりとも驚いたのだろう。

 それまで閉じていた瞼を開ければ、キスを解いたまま、目を丸くした彼女の表情が視界に広がった。

「ご、めん……急に、声あげて」

 予想外に出た上に、予想以上に大きかった声。
 謝りながら、恥ずかしくて、彼女の耳にあてていた片手で顔を覆いかけると、はっしと掴まれた、その手。

「隠しちゃ、駄目でしょ。そんな可愛いカオ」
「や……」
「やだじゃなくて」

 握られた手は、わたしの頭上。ソファの肘置きに押さえつけられた。
 無防備な姿を晒しているのは鏡を見なくとも分かって、余計、顔が熱くなる。

「ちょ」
「もっとキスしたいから、隠さないで」

 もう片方の自由な手を顔にもっていこうとする寸前で、そんなふうに先手を打たれてしまうと、動きが、鈍る。
 中途半端な位置で、宙に浮く手を避けて、雀ちゃんはわたしの眼前に迫って、言う。

「愛羽の全部、見せて」

 と。

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