※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 34 ~
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「じゃあ。はい」
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催促の言葉を短く告げて、雀ちゃんは、鼻先と鼻先をくっつけた。
ここから先は、貴女が動いて。と、無言の重圧がのしかかってくる。
ちょん、と触れ合う鼻先同士はなんとも可愛らしい状態かもしれないけど、わたしを見下ろしてくるちょっと冷静で、意地悪な光を宿した目は、全然かわいくない。
動けば唇同士が触れそうな距離だから、あまり顔を動かさないようにして、にらむ。
眉に力を入れて、険しい顔も作ってみせると、雀ちゃんの瞳が弧を描いた。
彼女が見せる余裕に、むっとする。と同時に、心臓が跳ねてしまう。
――あぁもう……なんで……っ。
どうして、こんなに、彼女の仕草一つ一つに、心が奪われて、胸がときめくのか。
答えはもちろん、惚れた弱みなのだろうけれど、こうも簡単に、手のひらで転がされるのはちょっと、年上の威厳もなにもあったものではない。
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なにか、少しでも、仕返しできる事はないかと探るものの、弧を描いていた彼女の瞳からふっと意地悪さが抜けて、そのまま鼻先をすりすりと愛しげに擦られると、もう、だめだった。
――意地悪かと思えば、そうやって、甘えるみたいな……。
可愛いというか、愛しいというか。
所謂ノーズキスというやつが、こんなにも胸にくるものだとは、知らなかった。
きゅうと喉のもう少し下辺りが、締め付けられるように苦しくて、切なくて、甘い。
ばくばくと鳴る心臓に急かされるように、わたしは少しだけ、顔を傾ける。
待ってました、と言わんばかりに、ノーズキスをやめる彼女が、やっぱりなんだか、憎らしくもあった。
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キスなんて、何度もしてきた。
雀ちゃんとも何度も交わしたし、それこそ、わたしの人生すべてにおいてのキスの回数を数えてみれば、相当な数だと思う。
……いや、別に自分がモテたとか付き合った人数が多いとかじゃなくて、一般的な範疇だと自負しているけども。
だけど、こんなに、夢中になるような、頭の中が熱でいっぱいになるようなキスは、雀ちゃんが、初めてだった。
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こちらから重ねた唇が柔らかく押し潰れてゆくに合わせて、瞼を閉じる。
遮断された視界によって増強された接触感覚と、嗅覚が、その真価を発揮し始める。
いつも待っているパターンが多いわたしの唇が、雀ちゃんのそれと重なって数秒。彼女は動く気配がない。
当然、触れるキスだけで終わらせるつもりはないのだろうけれど、雀ちゃんがどうして動かないのか。その理由に、思い当たる。
――わたしから、させたい訳ね……?
えっちに限らず、キスという行為ひとつとっても、”する側””される側”つまり”攻め””受け”が役割分担される場合が多い。
まぁ全部が全部、”受け”はされるがままになっている訳ではないけれど、あくまで、主導権を握って、事を進めてゆくのは”攻め”なのである。
その”攻め”を、わたしに、させたいようなのだ。この子は。
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自然とそういう流れになって”攻め”を担うのは、まったく嫌ではない。むしろ、やりがいがあるし、”受け”の雀ちゃんが可愛くて仕方ないと感じる。
だけど、こういう……なんていうか、要求されて”攻め”に回ると、気恥ずかしさが増すというか。むしろ、羞恥プレイに近付いてしまうというか。
つまり、いつも自然としているキスが、猛烈にハズカシイ行為に変化してしまうということなのだ。
――ちっとも動いてくれないっていうのは、やっぱり……しろって、ことなのよね…?
こちらから触れるだけのキスをし始めて、もうかれこれ、20秒……いや30秒は経っているのではないかと思う。
普段なら啄むキスに進んでいてもおかしくないのに、そうなっていないのは、きっと、そう言う事なのだ。
「……」
ゆっくりと、鼻から息を吸って、腹を括った。
雀ちゃんの首に回していた腕を解いて、耳に指をかけるようにして引き寄せながら、わたしは薄く唇を開きつつ、もう少しだけ顔を傾けた。
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