※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 33 ~
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そんなふうにわたしが言ったのは、珍しかったのだろうか。
雀ちゃんの瞳が軽く見開かれた。
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その後すぐに優しげに細まった瞳が、わたしを見つめてとろりと色を溶かす。
「じゃあ、愛羽からキスして」
「な、なんで」
「くっついてたいなら、して?」
なんで、そうなる。
そんな恥ずかしいこと……。
「さっきから、私ばかりがっついてるから。それが嫌じゃないって証拠、みせて欲しい」
強引にしていた事を、意外にも気にしていたんだろうか。
雀ちゃんはそんなことを言って、わたしの頬をそっと撫でた。
その指はとても優しいのに、その瞳はとても柔らかいのに、どうして、その口から出てくる台詞は意地悪なのか。
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口を噤んだわたしの頬を撫でていた指が、唇へと近付く。
「やっぱり、嫌だった? 無理矢理されるの」
下唇に軽く触れた親指は、唇の弾力を確かめるよう、ふに、ふに、と押してくる。
無理矢理されるのは嫌なんかじゃないし、むしろそれで濡れてしまうくらい好みで、たまらなかった。
だなんて、口に出して言える訳がない。
「ぃ、やなんかじゃないけど……」
「けど?」
それまでのキスで濡れた唇の唾液を拭うように、きゅ、と親指を滑らせてから、雀ちゃんは首を傾げた。
でも、わたしの言葉の続きなんか、ない。
いやなんかじゃないけど、まる。
そこで文章は終わりだったのだけど、わたしの言葉のチョイスミス。
いやなんかじゃないから、と言っていれば、雀ちゃんの不安は払拭出来ていたのに。
まるで続きがあるみたいな台詞を吐くから、彼女が不安そうにわたしの瞳を見下ろし始めたじゃないか。
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――落ち着かなきゃ。
いつもみたいに落ち着いて、不安になりやすい彼女のケアをしながら”好き”を伝えないと。
「……やっぱ、やり過ぎた……?」
ついに唇から親指が離れて、わたしの顔からも手が遠ざかってゆく。
「ち、ちがうの」
しゅんとしてしまった雀ちゃん。犬ならば、耳と尻尾が垂れているところだ。
そんな彼女を引き留めるよう、首に回した腕で引き寄せる。
「あ、の」
「? うん」
「強引、なのは……」
「うん」
目を、合わせているのが、つらい。顔から、火が出そうだ。
「好き、だから」
「……」
「さっきのも、全然、嫌じゃなかった……の」
頭の隅の、冷静なもう一人のわたしが、「わたしは一体何を言っているんだ」と呟いている。
確かにそう思う。性癖を自ら恋人に暴露するだなんて。
恥ずかしいし、顔から火が出そうなくらいだけど、雀ちゃんの不安がこれで払拭できるのなら、言ってもいいんじゃないかと思っている自分もいる。
なにせ、わたしは雀ちゃんが好きで、彼女の為なら一肌も二肌も三肌も脱いで構わないと思っているので、恥ずかしいけれど言えてしまうのだろう。
が、しかし。
しかし、言えるからといって、羞恥心がない訳ではないのだ。
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「嫌じゃ、ないんだ?」
――え……。
驚き過ぎると人間咄嗟に、声が出せないものだ。
心の中だけで漏れた言葉が木霊する。
だって、それまで不安そうだった雀ちゃんの表情が一転して、唇の片側だけあげて意地悪な笑みを作り、瞳は悪戯っぽい光を宿しているのだ。
彼女の不安を払拭しようと一肌脱いだばかりのわたしの頭は羞恥によって、彼女の変化に思考が付いていかない。
「じゃあ、自分からキス、できるよね?」
――自分から、キスって……。
オウム返しに脳内で呟いてやっと、状況を理解する。
「だ、騙したの……っ!?」
わたしから離れていった手がいつの間にか前髪あたりに置かれて、よしよしと撫でられた。
「騙すだなんてとんでもない。真意を確認しただけだよ」
体に戻ってくる彼女の重み。
じんわりと伝わる体温。
その両者に、どこかほっとしている自分がいて、今夜のわたしは、彼女の手のひらの上で転がされているのだと覚った。
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