※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 26 ~
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「ほら、こっち見て」
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話をするときは、きちんと相手の顔を見て話をしましょう。
小学校、いや、幼稚園か保育園で習う類の事。
それを遂行しないわたしに痺れを切らしたのか、雀ちゃんは、わたしの手を解放したその手で、俯くわたしの顔をあげさせた。
ずっとテーブルがある斜め下へ向けていた顔。
下から迫ってきた手に驚いて固まっていると、顎に指を掛けられて、クイと持ち上げられた。
「私は愛羽さんの体がしんぱ………………」
「ぱ」で止まった口が、ポカンと開いたままになっているけれど、そんなの知ったことじゃない。
わたしは、それどころじゃ、ない。
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突然、顔を上げさせられるだなんて、予想もしていなかった行為に、避ける暇もなく、直視させられた彼女の顔。
今の今まで、彼女本人の精悍な表情にドキドキしていたのに、その顔を目の当たりにするだなんて。
バチリと出会った目は、先程よりは柔らかくなっていたけれど、今のわたしには、”雀ちゃんと顔を見合わせた”という事実の方が重要で恥ずかしい。
ドキドキして真っ赤になった顔を見られた方が、恥ずかしかった。
茹蛸を五割増しにしたくらい、真っ赤になったと思う。
部位も増えて、耳も、首も、きっと、服を脱げば体も赤く染まっているに違いない。
もう、パニックに近い。
”ドキドキする”
”恥ずかしい”
”見ちゃった”
”見られた”
頭の中は、これらで支配された。
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「ぱ」の口で動きを停止していた雀ちゃんの口が、やっと閉じられて、ゴッキュウ、と大きな音を立てて、唾を飲み込んだ。
その間中、わたし達は顔を見合わせていたのだけれど、まるで、わたしの茹蛸が移ったみたいに、目の前の顔が真っ赤になる。
さらに言えば、閉じた口は強く引き結びすぎて、への字に近い。
どうして雀ちゃんが赤くなるのかは謎だけど、顎を支える指が緩んだ一瞬の隙を逃さず、わたしは再び、顔を背けることに成功した。
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顎から外れた指はわたしの頬に、その先端を触れさせているけれど、まぁそのくらいなら、いい。
それよりも今は、この、破裂しそうな心臓を、どうにかして、鎮めなければ。
「愛羽さん……もしかして、さっきの本当に……? ドキドキしてたんですか……?」
まるで信じられない。と言外に含んで、雀ちゃん。
そ、そりゃあ貴女からしたら突拍子もないような事だったかもしれないけれど、恋人の真面目な表情……ていうか普段見ないような表情を間近でされたら、ドキドキもするわよ!
「だ、だから最初から言ってるでしょ……っ」
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「てっきり、誤魔化すための嘘かと思ってました……」
「嘘じゃないもん……っ」
なんというか、恋人を好きな気持ちからの行動を”嘘”と言われたのが癪で、ムキになって言い返した。
真っ赤な顔で、「嘘じゃないもん」て、子供か自分は、と我ながら呆れそうになる。
「……、していいですか?」
頬に触れていた指先がスッと動いて、耳の下から顎のラインを撫でられた。
――だから! そんな事されると余計ドキドキするんだってば!
心臓がバクンと跳ねたせいで聞き逃した彼女の台詞を、「え?」と聞き返した瞬間。
「だから」
と焦れた声が、急接近した。
「キス、したい」
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