隣恋Ⅲ~宿酔の代償~ 25話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 宿酔の代償 25 ~

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 雀ちゃんの手が、熱い。

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 まるで、温泉に浸かって、のぼせた人みたいに、彼女の手が熱い。

「なんで、目、逸らすんですか」

 その言葉に、心臓が跳ねた。

 彼女の魅力にあてられてドキドキしていたそれまでの鼓動とは別で、わたしの心臓は跳ねた。
 突かれたくない部分をズバリと言い当てられて、驚いて跳ねた、といった所だ。

 きょろきょろと忙しなく彷徨っていたわたしの視線が、はた、と止まる。
 背中に妙な汗までかいてきて、ひやりとする。
 すでに手のひらにはびっしょりと汗を握っていて、出来れば、身に着けている部屋着で拭いたい。

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 でも。もう。

 ここまで追いつめられると、逃げるのは不可能だと、気付き始めている。
 さっきまで、ただ雀ちゃんの格好良さにドキドキしていただけじゃなくて、どうにか誤魔化せないかと策を思案していたのだけど、どんな策も浮かんでは却下を繰り返していたところだ。

 ――もう、正直に白状する道しか、残ってない。

 ジリジリと肌が焦げるように熱い視線をわたしに注ぎ続けている雀ちゃんから、逃れる手段は、ない。
 こんなにもわたしが追い詰められるなんて珍しいんだけど、今回ばかりは本当に負けだ。

 逃げられないし、ここで無理に逃げて、雀ちゃんからの心配を切って捨てる行為はもう出来ない。

 わたしは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

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「あ、の」
「はい」

 厳しい声で、即座に返事をする雀ちゃん。
 きっとまだ、あの精悍な顔付きをしているのだと想像できる声音に、また、胸がドキドキし始める。

 ――わ、わたしってこんな、叱られてドキドキするようなドMだったの……?

「どきどき……するから」
「……はい?」

 一拍空いたのは、たぶん、突拍子もない事をわたしが言い始めたからだ。
 だって、雀ちゃんからしてみれば真面目に注意をしているのに、相手がいきなり「どきどきするから」とか言い出してくる不可解な状況だ。

「目を逸らしたのは、どきどきしたから、なの。今も、そうなんだけど」
「……」

 雀ちゃんの手の力が、緩む。
 きっと、今、彼女は必死にわたしの言葉の意味を理解しようとしてくれている。

「……もう少し、詳しく言ってもらえます……?」
「その、ね……? 雀ちゃんがあんまりにも、格好良い顔で、見てくるから……」

 まだ、顔があげられないくらいに、ドキドキしてる。
 と、正直に言えば、わたしの顔には更に、熱が集中してきて、今鏡を覗けば、茹蛸みたいな色の顔をしたわたしが映るだろう。

 数秒間、間が空く。

 カチコチと壁掛け時計の音と、わたし達の呼吸音だけが、部屋を支配した。

 その後、雀ちゃんが口を開き、息を吸う音が、やけに大きく、わたしの耳に届いた。

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「話を逸らさないでください」
「逸らすとかじゃなくて、ほんとに」
「駄目です今回ばかりは譲れません」

 わたしの台詞を遮って、雀ちゃんは厳しい声でピシャリと言う。
 正直に気持ちを白状したんだけど、あまりに突拍子もない内容すぎて、話を逸らす為の嘘だと思われてしまったらしい。

 確かに雀ちゃんが、そういう反応をしてしまう気持ちも、わからなくはない。

 でも、雀ちゃんが格好良くて、ドキドキして顔を見られないでいたのは、事実なのだ。

「違うの。ほんとに、話を逸らそうとかじゃなくて雀ちゃんにどきどきしてるの」
「どこにドキドキする要素があったんですか。そんな上手い事言って話を逸らそうって魂胆でしょう?」
「ちがっ」

 ううう、なんて言えば信じてもらえるのか。
 仕事の商談では上手く回る口が、今はどうにも上手く機能しない。

「駄目ですってば。騙されませんよ」

 わたしの言い分を嘘だと思い込んで、やけに自信たっぷりな声。
 先程よりは厳しさが抜けたけれど、その自信からなのか、いつもより大人びた声色に、やっぱりドキドキしてしまう。

 じわ、とさらに滲んだ手汗。そんなものに触れさせてしまうことに気が引けて、ちょっと腕を引いてみると、雀ちゃんの手はやけにすんなりと、握っていたわたしの手を解放してくれた。

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