※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 23 ~
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「あんまり無理しないで、とはもう言いません」
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「そんなヌルイ事言っても、愛羽さんは聞いてくれないみたいですから」
だから。と雀ちゃんは言いながら、わたしの手を握る指に、力を込めた。
「無理しないでください」
真っ黒というよりは、少し茶色を混ぜた彼女の瞳。少し潤んでいるそれが、真っ直ぐ、わたしを見つめて目を逸らさない。
いつもなら、こんなふうに見つめ合って、先に逸らすのは雀ちゃんの方なのに。
今日ばかりは、彼女はわたしを、じっと捉えて、逃さない。
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きっと彼女の事だ。
かなり前から、この件について思うところはあったのだろう。
だからこそ、こんなにもスラスラと出てくる言葉が存在した。
だからこそ、こんなにも真っ直ぐに見つめてくる。
だからこそ、真面目な顔で、ずっと訴えている。
そんな彼女から、わたしは目を背けた。
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逃げるよう視線を斜め下へ。
テーブルの上に置いたチョコレートの小袋。あれは確か新商品だから、食べてみたいんだけど、それどころじゃない。
――おちつけ。わたし。
心の中の声ですら、呂律が回らなくなってきている。
アルコールを摂取した覚えはない。
だけど、お酒を飲んだときみたいに、顔は熱いし、心臓はバク、バク、と大きく音を立てて胸を打っている。
「わ、かった。ちゃんと、仕事の量は、減らすから」
喉で詰まりそうになる声をなんとか絞り出したけれど、握られていた手が、もう一度、きゅっと握り直された。
――お、ちついて……わたし……!
「目、逸らしながら言われたら、信用できません。その言葉」
「約束する、から」
「じゃあこっち見て。もう一度言ってください」
「む、むりよ……」
「どうして」
どうしてって……そんなの……。
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意を決して、仕事の事に関して口を出したのに、それをまともに取り合ってもらえていないと感じさせてしまったのだろうか。
少しだけ苛立ちを滲ませた雀ちゃんが、きつい口調になる。
違う。取り合ってないとかじゃない。
決してそうではない。と伝えたいのだけど、言葉が、台詞が、出てこない。
チラと視線を彼女に戻してみると、火花でも出そうなくらいガツンと視線がぶつかる。
それだけで、ドック、と心臓が、これでもかという程に、血液を送り出す。
一回一回のそれが大きく、更に、速い。
まるで全速力で坂道を走ったときのように、心臓がドックドックドックと大きく荒く音を立てている。
合わせて、体温は急激に上昇して、顔は火照って熱い。
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――あ、あんな真面目な顔した雀ちゃんに、じっと見つめられた経験が少なすぎて……心臓壊れそう……!
体の心配をしてくれている彼女に対して不謹慎?
そんなの分かってる。
分かっているけど、どうしようもなく、ドキドキする。
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自分ではどうにもできない鼓動と、不謹慎さを覚えた罪悪感。
自分と目を合わせろと要求する雀ちゃん。彼女に握られた手。
雀ちゃんの目を見て話をできない、ほとんどの理由は、彼女の真面目な顔。
そんな真面目で真剣な顔、普段見せないくせに、ここぞという時そうしてくるから免疫がない。
整った顔立ちをしているから、黙って真面目な顔をされると、影響力が大きい。
いつもみたいに、困った笑顔をみせながら「あんまり無理しないでくださいね」と言われたのなら、ちゃんと目を見て「わかった」と言えるのに。
真面目な顔で、目で、わたしの事を案じてくれる優しさを、真摯に伝えてこないでほしい。
ただでさえ、好きな人にそうされて嬉しいのに、余計、舞い上がってしまう。
照れくさくて恥ずかしくて目を合わせていたら、その時間に比例して、きっと顔が真っ赤になってしまう。
不謹慎さを絵に描いたような思考で、わたしは落ち着きなく、視線を泳がせ続けた。
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