※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 13 ~
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啄んだ唇を離すと、すぐに。
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――もっと、欲しくなる……。
自分の中のその欲求を認めてしまった瞬間、はしたないとも言えるその感情に、カッと体全体が熱くなった。
背伸びして浮かせていた踵を床に下ろして、吐息をつく。
今更ながら、わたしの心拍数も雀ちゃんのそれと並べてもいい程に速くなってきた。
「……ぃはさん……」
最初が掠れた雀ちゃんの声に呼ばれて、はっとする。
彼女の唇を啄んでいた間は閉じていたその目を、いつの間に開いていたのか。そして、じっと、物欲しそうに彼女の濡れた唇を、見つめていた事に気付かされた。
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「ご、ごめん、帰ってきて急に……」
気恥ずかしさと多少のバツの悪さから雀ちゃんの目も見れないまま謝ると、彼女は緩く首を振った。
「それは、いいんですけど」
いや、ていうか。むしろ。と、雀ちゃんは動揺しているのか、言葉をやたらと区切って言う。
「嬉しいくらいです」
「…………、うれしい、の……?」
帰宅して、1分で、あんなキスする女が、いいの……?
「おかえりのキス」みたいな、軽くチュッ、くらいならわかる。それなら挨拶みたいなものだし、可愛いと思う。
わたしもさっき雀ちゃんに、不意打ちでされて、ちょっとキュンときちゃったくらいだから、ああいうのはいいと思う。
だけど、それこそ、「これからベッドに……」みたいなキスは、帰って早々するもんじゃない。
場違いで下品極まりない。
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そんなキスをしたわたしに対して、雀ちゃんはむしろ嬉しいくらいだと言う。
信じられなくて、不信の眼差しを彼女の顔に向けて、わたしは目を丸くした。
「そりゃあ嬉しいですよ。誰にでもするようなキスじゃないし、なんかこう……求められてる感じがひしひしと伝わってきて、嬉しいです」
――天使か。
ほんと、この子は天使だろうか。
嘘の欠片もないような表情で、ちょっと照れくさそうに頬を紅潮させて、嬉しそうに目元と口元を緩ませている。
「朝、あんな醜態を晒してしまった私としては、帰ってきてこんなふうに求めてもらえるのは、とっても嬉しいです」
へへ……と今度は、バツが悪そうに自分の頬を人差し指でかく雀ちゃんの言葉に、ハッとした。
「もしかして、気にしてたの?」
朝スポドリ買わせに行かせて迷惑かけたなぁとか。
飲みすぎて二日酔いの姿晒すだなんてやっちゃったなぁとか。
お昼休憩を削ってまで電話させる心配かけちゃったなぁとか。
果ては、そんな面倒かける自分は嫌われてフラれたらどうしようとか。
雀ちゃんなら考えていても、おかしくない。
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わたしの考えは、あながち外れていないようで、雀ちゃんはさっきまで幸せそうにしていたのに、口をへの字にして、まるで捨てられそうな犬みたいな顔になった。
不安そうなつぶらな瞳に見下ろされて、なんだか、胸の奥がギュッと締め付けられる。
そんな二日酔いで嫌いになる訳がないのに。
その程度の事で揺らぐ筈もない彼女への気持ちがあるのに。
きっと、雀ちゃんは、わたしが帰ってきて、あのキスをするまで、不安だったに違いない。
仕事の邪魔になるだろうから、自分からの連絡は控えて。
どこからともなく沸き上がってくる不安を振り払って。
少しでも挽回しようと、夕食を作って。
わたしが帰ってきたら、その音にすぐに反応して電話をして。
「ちょっとだけ、気にしてました」
よく見れば瞳の奥に、恐怖と焦燥を隠して、おどけて肩を竦めている彼女。
あぁ……どうしてもっと早くに、気付いてあげられなかったのか。
内からせり上がってくる切ないくらいの息苦しさに、わたしは思わず、彼女を抱き締めた。
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