※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 9 ~
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そこに居たのは、妙に真剣な眼差しをした男性だった。
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――マズイ。この類の顔は。
わたしが伊東君の顔を確認して、頬を引き攣らせるまで、ほんの一瞬だったと思う。
自分の表情筋がヒクついた瞬間に、お昼休みが終わって仕事を再開しなければならない時刻を知らせるチャイムが社内に鳴り響いたから。
チャイムは、当然彼の耳にも届いたようで、伊東君はハッとしたようにわたしを熱心に見上げていた眼から力を抜いた。
「ごめんね。今夜は予定があるの」
「そうか。なら仕方ないな。また誘うよ」
生じた一瞬の隙を突いて断りを入れると、いつもの彼らしく爽やかな笑顔と共に頷いてくれた。
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今夜のわたしに、これと言って予定なんてない。
あるとすれば、さっきの電話で、雀ちゃんに「出来るだけ、早く帰るね」と告げた口約束くらいなものだ。
まーと「酔」に行こうみたいな話をしたけれど、やっぱり今夜との指定はされていないし。
だけど断ったその理由。
端的に言うと、彼が男の顔をしていたから。
完全にわたしの勘違いならばどんなにいいか。
隣のデスクの人物に悟られないように、軽く嘆息をついた。
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自慢じゃないけど、わたしは告白された経験が多い。
この会社に入社してから、自社他社顧客合わせると、両手両足の指では足りない。
その経験で培った目が、伊東君の顔付きに警鐘を鳴らした。
あの、告白する前特有の空気を纏った顔付き。
わたしはあの顔付きの事を、”男の顔”と自分の中で名付けて呼ぶ。あの顔をした男性は、キケンだ。
完全プライベートで出会っただけの人ならばどうとでもなるけれど、仕事関係の人は取り扱い要注意だ。
隣のデスクとなれば、なおさら。
――迂闊だったわ……伊東君は完全に恋人がすでに居るものと思ってたから、普通に接しすぎていたのかもしれない。
同期というのも、気を抜いた原因のひとつだった。
もしかしたら、男性が勘違いしやすいボディタッチを普通にしていたかもしれない。
伊東君は仕事がデキる人だから、よく頼ったりした事もあるし、逆に忙しそうだったら「何か手伝える事ある?」とか自分から声を掛けていた記憶もある。
――あぁぁ……迂闊だった。
これからは、彼を取引先の人とでも思って接した方がいい。
職場で面倒事は、避けるに越したことはないのだ。
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――いや。ていうか、わたしのただの勘違いって事もあるし!
そうよ! なんである日突然、今日に限って伊東君が告白を思い立つのか。
別段変わったことも……な、い……し……。
――ある。あったじゃない昇給。男の人って昇給が自信に繋がるってパターン多いしあぁぁぁ……。
駄目。だめだ。考えれば考える程、思い当たることが増えていく。
ここは伊東君の男の顔に関する考えに、蓋をして、仕事をしたほうがいい。
隣に彼がいなければ、頬をぱんぱんと叩いて気持ちの切り替えをしたいくらいだった。
あぁもう今回ばかりは隣っていうのが厄介だわ。
下手なことができない。
――これはもう、定時のチャイムと共に帰るしかない。
心に決めて、わたしは大きく息を吸った。
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