隣恋Ⅲ~宿酔の代償~ 10話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 宿酔の代償 10 ~

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 夕方のチャイムが社内に鳴り響いた。

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 今か今かと、パソコン画面の右下の時刻を見つめ続けては、意味もなくメールボックスの更新ボタンを押していたわたしは、チャイムが鳴り終わると同時にパソコンをシャットダウンさせて立ち上がった。

 別に誰かからのメールを待っていたのではなくて、チャイムと同時に帰れるように5分前から仕事を区切りの良い所で終わらせて、サボっているのがバレないように、とりあえずメールボックスを開けていただけだ。

 普段残業も持ち帰りの仕事も人一倍やっているんだから、今日くらいは大目に見て欲しい。

 わたしは足元に置いてあった鞄を肩にかけて、

「お疲れ様。お先に」

 と周囲に一声かけて、一目散にその場を後にした。

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 エレベータに乗り込んで、やっと一息つく。
 定時になったらエレベータは混みあうのだけど、あまりに退社準備が早すぎて、わたししか乗っていない。

「……面倒なことにならなきゃいいけど……」

 思わず口から零れたが、一人だからまぁいいだろう。

 鞄の持ち手を肩にかけ直して、エレベータの扉が開く前に背筋を伸ばす。
 家に帰るまでが、お仕事ですから。

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 それから家の玄関に到着するまで、わたしはかなりボーっとしていた。
 終始、疲れたなぁ……と午後の仕事中の気疲れからの溜め息を繰り返しては、早く家に帰って雀ちゃんの顔が見たい、と頭の中で繰り返していた。

 とりあえず、鞄を置くために自宅玄関の扉に、鍵を差し込む。
 カチャンと鍵が外れて、この音に雀ちゃんが反応して来てくれたらいいのになぁなんて、身勝手なことを考える。

 夕方には完全復帰できそうだと告げていた彼女だけど、二日酔いって結構体に堪えるから、今頃、ベッドの中かもしれない。
 ベランダの秘密の抜け穴を通って部屋を覗いてみよう。

 眠っているようなら、夕食を作って、それから彼女を起こして、一緒にご飯を食べよう。

 そんな事を考えながら廊下を通り、部屋のソファ前まで辿り着いた時、鞄の中で携帯電話が震えた。

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 キーケースをローテーブルに置いて、消音バイブ設定のそれを取り出す。
 誰からだろうとディスプレイを覗き込めば、雀ちゃんの名前。
 愛しいその人の名前はずっと表示されたままで、電話の着信を知らせている。

「もしもし」

 通話ボタンを押して耳に携帯電話をあてると、お昼休憩にも聞いた低めの彼女の声がわたしの鼓膜をくすぐった。

『もしもし、愛羽さん。おかえりなさい』
「ん。ただいま」

 じわ、と胸の奥に広がる温かい何か。
 これは……なんだろう。安堵感と言い表せばいいのだろうか。
 お風呂のお湯に浸かった時みたいに、じわぁぁっと心臓部分が温かくなってくる。

『お仕事お疲れ様です。あの、ご飯作ってあるんで、よかったらうちで食べませんか?』

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 予想もしていなかった提案が嬉しくて、彼女に見られてもいないのにコクコクと頷いた。

「いく! ちょっと待ってて着替えてすぐ行くね」

 あまりの意気込みように、電話向こうで小さく笑う声がする。眉尻をすこし下げて優しげに目を細める雀ちゃんの顔が容易に想像できる。

『ゆっくりで大丈夫ですよ。待ってますから』
「やだ。会いたいからすぐ行く」
『ぅ……』

 お腹空いてご飯食べたいから早く行く、と思われたくなくて。
 ちゃんと、雀ちゃんに会いたいから急いでいるんだと分かって欲しくて。

 直球を投げたわたしに、彼女はちょっと口籠ってから、『待、ってます』と詰まりながら照れた声を聞かせてくれた。

 ――どうしよう。いますぐキスしたい。

「ん、すぐ行くね」

 ジャケットから片腕を抜きながら言って、わたしは通話を終了させた。

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