※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 6 ~
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「やばい。愛羽に惚れそうになった」
「悪いけどもう売約済みなの」
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可愛い可愛い恋人がすでにいるのだから。
携帯電話の角を軽く顎にあてて笑むと、まーは舌打ちする。
随分と、やさぐれている。
わたしに惚れるどうこうは冗談だろうけれど、言動の端々が荒くれものだ。相当、会議の結果が悔しかったのだろう。
わたしのお財布を取りにデスクに寄って、社食へ向かう。
券売機の前でまーがお財布を開こうとしたのでそれを制して、券売機に万札を差し込む。
「好きなの食べていーよ」
「え」
「慰めてあげる」
「マジかやったー! 会議様様ぁ」
別に、奢ったからと言って彼女を慰められるとは思ってないけれど、せめて少しでもこれで元気になればいいなと思ってのこと。
まーは何を食べるのかもう決めていたようで、迷いなくとあるボタンに指を伸ばした。
カツカレー半熟卵付。
なんだろう。次の会議では勝てますようにとゲン担ぎだろうか。
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わたしはオムライス、サラダ付を選んで食券を購入。
「ごちになりまーす愛羽先輩あざーす」
「はーい」
元気よく自分とわたしの食券を握って、食堂のおばちゃんに渡すまーに、おつりを仕舞いながら苦笑する。
話を聞いて愚痴を吐き出させてあげる前に、元気になっている。
まぁ、人間切り替えは大事だし、あれはあれで、いいのかもしれない。
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ホカホカと湯気を立ち昇らせるカツカレー半熟卵付と、オムライス、サラダ付をもって、席へついたわたし達は手を合わせた。
「いただきます」
「いただきまーす」
まずはサラダに手を伸ばすわたしとは対照的に、早速一切れカツを箸で取り上げ、たっぷりカレーを絡ませて、ガブリと噛みつく彼女。
元気そうでなによりだ。
「それで? どういう会議だったの?」
「あぁ昇給降給会議」
熱かったのか、はふはふと冷ますまーは手短にそう告げる。
彼女の言う昇給降給会議というのは、つまり、成績業績が良い人物のお給料を上げて、逆に成績不振の人物のそれを下げるという、わたし達雇われ者にとっては大変重要な会議である。
うちの会社、結構お給料の上げ下げが一般企業よりも頻繁に行われ、気を抜いていたら、限度はあるものの、お給料はどんどん下がる。
わたしも昔、昇給されてちょっと天狗になっていたら、すぐに元の値まで下げられた経験があるくらいだ。
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苦い思い出の過ぎる会議の名前に眉を顰めると、正面に座ったまーはおかしそうに笑う。
「そんな顔しなさんな。愛羽はいいことあるから」
「え、ほんとに?」
「うん」
昇給降給会議の話題中に、「いいこと」というのはつまり、昇給だ。
そこまで大幅に上がる訳ではないだろうけれど、お給料が増えるのは単純に嬉しいし、そんな評価を頂けたことは更に嬉しい。
「うちの部署は、愛羽ともう一人。あたしは漏れて、隣の部長にとられちった」
「あぁそれで」
あんなにやさぐれていた訳だ。
会社としてもそうホイホイ給料を上げるわけにはいかないので、昇給する人間はかなり人数も限られるし、吟味される。
部長クラスの人間にもなると、余計難しいだろう。
今回のわたしの昇給原因は多分アレだ。
ハロウィンあたり、雀ちゃんの事を放り出して仕事に熱中していた結果だろう。
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「降給も出たから面倒だわ」
ああそういう理由でもやさぐれていたのか。
やはり、部長は仕事が大変だ。
彼女を見ていると、わたしはこれ以上の昇格はしたくないなぁと密かに思ってしまう。
例えば今、彼女が面倒と言ったように、降給される人が自分の部署から出た場合、その人を呼んで面談をする必要がある。
あなたのこの仕事の成績が良くないから、とか。あなたの勤務態度が良くないから、とか。そういった話をするのだ。でなければ降給された本人も、どのように自分を改めて勤務に励めば良いのか分かっていない場合もあるから。
そして更に面倒な事といえば、降給に抵抗しようとする社員が居ることだ。
もう決定事項なのに、「どうして自分だけ」とか「不当だ」とかごねる人もいる。
まぁ気持ちは分からなくもない。誰だってお給料さがるのは嫌だし。
だけど、給料を下げられるには下げられるだけの理由があるのだ。
誰かれ構わず下げている訳ではない。
その面談を想像しているのだろう。疲れたような溜め息をカツカレーに落としているまーに、つられてわたしの眉がハの字になる。
「近いうちに、飲みにいく?」
パーッとストレス発散をさせてあげる必要があるかもしれない。
彼女はわたしの上司だけど、良き友人でもある。
友人として、彼女を支えてあげたい気持ちはあるのだ。
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