隣恋Ⅲ~宿酔の代償~ 5話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 宿酔の代償 5 ~

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「やっほー、すずちゃん」

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「ちょっと!」

 わたしのケータイ!
 油断していた一瞬で手から抜き取られた携帯電話。
 断りもなく耳に押し当てて、雀ちゃんとの通話をしているのはわたしの上司であり友人の森 真紀。

 彼女とはずいぶん身長差があるため、携帯電話を取り返すのはちょっと難しい。
 ちなみに、何センチあるのかは不明だけど、まーは雀ちゃんよりも背が高い。

「むぅ……」
「いやぁ愛羽がね、休憩になった途端そそくさと電話だけ持って行くから何事かなーと思って尾行したんだけど、デレデレしながらすずちゃんに電話してたもんでリア充爆発しろと思って」

 どうやって携帯電話を取り返そうか思案している間に、まーがペラペラ余計な事を。
 デレデレしてるとか雀ちゃんに言わないでよっ。恥ずかしい。

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 生憎、昼休憩の喧騒によって、携帯電話と距離のあるわたしの耳では、雀ちゃんの声は拾えない。

 まーは、「へぇ二日酔い」とか「あ、うんうん」とか「ゲームでもしてなよ」とか相槌を打ちながら、自分の腕時計をチラと確認した。
 お昼休憩が始まって、10分が経とうとしている。
 今最大級に社食が混んでいる時だろう。うーん、今日のお昼ご飯はどうしよう。
 今から社食に行っても売り切れメニュー続出だろうか。

 お昼についてわたしが思考を巡らせていると、どうやらいつの間にかまーの気が済んだらしい、目の前に携帯電話が差し出されて、「ハイ」と言われた。

 まったく、ハイじゃないわよハイじゃ。

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 まだ電話が雀ちゃんと繋がっていることを画面で確認して、受け取った携帯電話を耳に押し当てる。

「もしもし雀ちゃん?」
『あぁ愛羽さん。強襲されたんですね』

 笑みを含んだ声がわたしの耳を優しくくすぐる。
 

「そうよまったく……社会人がやることじゃないわね」
『まぁ確かに。……私の体調は多分、夕方くらいには全快すると思うんで、心配しないでください』
「ん。わかった。まだ本調子じゃないんなら、ちゃんと寝てるのよ?」
『はい。じゃあ……お昼休み終わっちゃいますから』

 すこしだけ、名残惜しそうに聞こえたのは、気のせいなのか。わたしの願望からの空耳なのか。

「うん。出来るだけ、早く帰るね」
『はい。待ってます』

 ん。と頷いて、名残惜しくも通話を終了させた。
 ここにまーがいなかったら、確実に「大好きよ」と言っていた。

 言いたかったのに、この悪戯大魔神がいるもんだから……と、恨めしく彼女を見上げる。

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「ンな顔されても痛くも痒くもないね。リア充大爆発しろ」
「なんなのよさっきから、もう」

 両手を腰にあてて、雀ちゃんとの逢瀬を邪魔したこと怒ってるのよアピールをするけれど、全く効果がないようで、まーはわたしを鼻で笑う。
 それどころか、片手で鼻を摘まんで、もう片手で空気を払う仕草をする。

「あーくさいくさい。惚気の匂いがプンプンするわ。あーくさい」
「……」

 なんて失礼千万。目の前の長身の女性を無言で睨みかけたけれど、ハタと気付く。

「さては、午前の会議で負けたわね?」

 ぎく、とばかりに動きを止めたまーに、苦笑しながら溜め息をついた。

 「リア充爆発しろ」と躊躇いも無く発言するまーはこう見えても、部長。
 今日は、朝一から部署ごとのトップを集めての会議があるとかでやけに張り切った背中を見せていたんだけど、その会議の結果がどうも芳しくないらしい。

 わたしとまーの間では、会議で思うように企画が通らなかったり、何か上手くいかない事があると、「会議で負けた」と慣用するようになっていた。

「おいで。慰めてあげるから。ご飯食べにいこ」

 上司で年上の人だけど、ああして素直に八つ当たりしてくるくらいには、会議で負けてショックを受けているらしい。

 労いも込めて彼女の頭を撫でてあげたかったけれど、生憎手が届かない。
 社食へ向かうために彼女の横をすり抜けながら、頭を撫でる代わりに、二の腕あたりをぽんぽんと優しく叩いた。
 

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