※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 宿酔の代償 3 ~
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いつもより、少しだけ遅い時間に、わたしは自分のデスクに到着した。
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「あれ? 珍しいね、俺の方が早いなんて。何かあった?」
おはようの挨拶も抜かしてそう声を掛けてきたのは、伊東君。わたしの隣のデスクを使っている、同期の男性社員。
彼はすでにデスクについていて、自分のパソコンを立ち上げているところだった。
普段、わたしが先に出社している事が多いので、自分よりも遅く到着したわたしに驚いているらしい。
「おはよう、伊東君。ちょっとね」
まさか、恋人の二日酔いの世話をしていただなんて言えない。
ていうか伊東君とそういうプライベートな話はした事がないし。
わたしが言葉を濁すと、彼は肩を竦めて起動したパソコンに向き直った。
気が利かない人ならここで「何があったの?」とか事情を聞き出そうと野暮な事をするけれど、この伊東君はそういう点は心配ない。
気さくで、気遣いも出来て、仕事も出来る。そして見た目は長身の爽やか体育会系男子。
これでモテないはずもなく、わたしはラブレター郵便係を何度頼まれたことか。
まぁ社内でこの伊東君が誰かと付き合ったとかそんな噂は聞かないので、さぞ素敵な恋人さんがすでに彼の隣にはいるのだろうと勝手に想像している。
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自分のパソコンの起動ボタンを押して、鞄の中から携帯電話を取り出す。特に連絡もないだろうけれど、一応仕事前にはチェックしておく。
いつものルーティンで無造作に押したホームボタン。そして、表示される雀ちゃんの名前。
ドキ、と心臓が跳ねた。
「……」
着信がかかってきた訳ではなく、メッセージが入っていた。
もしかしたら、体調が急変したのかもしれないとヒヤリと冷たくなる背筋。
急いでメッセージを開いてみると、『私も愛羽さんが大好きです。お仕事頑張ってください』の文字。
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ほっとすると同時に、これで、にやけない筈がない。
思わずほころんでしまった表情を無理矢理引き締めて、そういえば、自宅マンションを出る前に、『大好きよ。雀ちゃん』とメッセージを送ったのはわたしの方だったと思い出す。
これはその返信だ。
しかも、お仕事頑張ってくださいとの応援つき。
可愛い恋人に、こんな可愛い応援メッセージを貰ったら、頑張らない訳がない。
よし。
改めて気合いを入れ、わたしは椅子へ座り直した。
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やはり恋人の声援というものは、何事に関してもパワーを発揮するようで、仕事に奮起していたわたしの体感時間では、あっという間に、お昼休憩を迎えることとなった。
うちの会社はお昼休憩が1時間。12時半から1時半まで。
親切に、12時半と1時半にチャイムが鳴る仕組みになっている。
12時半のチャイムと同時に、背伸びをする人、財布を取り出す人、お弁当を取り出す人、さまざまだ。
その中でわたしは携帯電話を取り出して、デスクを離れた。
数回タップした携帯電話を耳にくっつけて、廊下を歩きながら適当な場所を探す。
休憩時間で人の行き来が多いので、その邪魔にならない所がいい。
コール音を3度ほど聞いたときに、プツ、とそれが止む。
『もしもし』
普段聞くよりも、少しだけ低い声が応答してくれた。
「もしもし」
電話越しだから声が低く感じるのかしら? と内心首を傾げつつ、その新鮮さを堪能する。
だって、隣に住んでいると通話の機会なんてあまりないもの。
今朝、「何かあったら遠慮なくわたしに電話すること」と念押ししたものの、薄い反応をした雀ちゃん。
きっと彼女のことだ。仕事中の愛羽さんに迷惑なんてかけられないから、と具合が悪くなっても我慢するか自分一人で処理しようとするだろうから、お昼には電話を入れようと思っていたのだ。
「具合はどう? 雀ちゃん」
廊下の端に行き着いて、窓の傍でわたしはようやく、立ち止まった。
やっと、耳に集中して電話できる。
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