隣恋Ⅲ~幸せの風邪~ 2話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 幸せの風邪 2 ~

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「ほらさっさと白状しちゃいなさい」
「う゛ー……」
「すーちゃんの恥ずかしい話まで、3、2、1、はい」
「そんな適当なカウントダウンで言うの絶対嫌ですよ!」

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 店長は私を揶揄う時、とても楽しそうにする。多分、かなり、私を揶揄うのが好きなんだと思っている。

「さっさと話さないから遊ばれるのよ。自業自得」
「なんかその言葉の使い道を間違っている気がするんですけど…」
「いーからお客が来る前に言いなさいよ」

 肘でコンコンと突かれて、これはもう逃げられないなと覚る。店長の蜘蛛の巣にかかってしまうと、私みたいな若輩者では逃れられない。さっさと正直に白状して解放してもらうしかないと経験上分かっているんだけど、どうしても最初は抵抗してしまうのだ。

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「……昨日、愛羽さんは接待で会食があったんですって、夜」
「そういう仕事だものね」

 それは前日、つまり今日からカウントすると前々日から聞かされていた予定で、なんでもお相手はなかなか大きな会社の課長だったか部長だったか、まぁ偉い人で、そこそこいい料亭に行くのだと言っていた。

「最初はなんとも思わなかったんですよ? 仕事で偉い人とご飯行くのは大変そうだなぁくらいにしか。でも……家で待ってるうちに一人で酒飲んでたりしたら……暗い方向に考えが行っちゃって」
「どんなふうに?」

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 追究の手を緩めない店長に低く唸ると、その目が「逃げられるとでも思ったか。洗い浚い吐け」と笑い掛けてきた。その視線から逃げるように手元のグラスに目を落とした私は、グラスをライトの光に掲げて磨き残しがないかどうかチェックをする。

「ゴールデンウィークに行った温泉旅行で、一番高い懐石料理食べたんですよ。その時愛羽さんは慣れてる感じがしてて。私はそんなの修学旅行の安いやつくらいしか経験なくて料理から食器から全部凄く思えたんですけど……彼女はそうじゃないって言う事実が、私には……なんていうか、…………自分が物凄く子供に思えて」
「うん」
「実際年だって離れてるし、学生と社会人だから人生経験も違って当然なんですけど……それがなんていうか……その会食の相手の方にも気持ちが向いてしまいそうになっちゃうし……」
「相手に?」

 光にかざしたグラスを静かに置いて、次のグラスを手に取った。

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「今頃楽しく愛羽さんと、旅館で食べたみたいな豪華な料理食べて、未成年だからお酒飲んじゃ駄目とかいう心配もなくお酒も飲めて、なんならそういう人って経済力もあって、車も持ってて、包容力もあって……ああそれに比べて自分は……みたいな」

 苦笑に満ちた顔を店長に向けると、彼女がいつの間にグラスを置いていたのか、額を小突かれた。

「人と比べ過ぎよ。そんな見た事もない会った事もない何十歳も上のオッサン相手に何してるの」
「頭では分かってるんですけど」
「分かってないからそこまで悩んでしまうんでしょう?」

 うう……この人はズケズケと。それがまた正解の指摘だからなんとも言えない。
 確かに、分かっていないのだ。分かろうとはしている。
 年も経験も能力も立場も、全てにおいて差があって当然な事を理解しようとは試みるものの、それが腑に落ちていない。

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「例えばその会食の相手が50歳のオッサンだとしましょう? それと自分を比べるなら、雀が50歳になってから比べなさい」
「ご、50になって?」
「そうよ。見た事も会った事もない相手と自分を比べる時アタシはそうする。この世に等しくある時間を軸にして考えないと、そんなの割に合わないもの」

 珍しく店長が、目を伏せて、しっとりとした言い方をした。
 まるで、自分にもその歯痒い経験があるみたいに。

「アンタは自分を低く見過ぎよ、雀。自分が今まで達成した事が少なくて自信がないなら、アンタを好きで居てくれてる周りをまず信じなさい。例えば、金本さんとか。もちろん、アタシや遥もそう。雀が好きだからこうしてプライベートの話だってするし、遥は一緒にゲームしたがるし、家に呼びたがるの。金本さんだって、雀が好きだから一番最初を独占したがったんでしょう?」

 さらりと、深い部分の心を言い当てられた。
 自分に、自信が持てない。私の根源とも言える部分を。

 だって、ただ親のお金で学校に行って、普通に卒業して、進学してを繰り返して、学力的に物凄く高い大学でもなく、まぁまぁ普通の大学へ行って。一体自分に何ができるのか。

 親という存在を私から取り上げたら、私には、何も残らない気がする。

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 店長は、私の頭をくしゃりと撫でた。
 潤みかけていた瞳が不覚にもさらに揺れて、慌てて目頭に力を込める。

「店長様を舐めるんじゃないわよ」
「……さすがです」

 アンタの根源を見抜いていないとでも思ったのか。と言外に言われて、首を垂れる。こうもアッサリ見抜かれ、諭されるなんて。情けない。

 最初は優しい触れ方だった店長の手は次第にその強さと雑さを増し、私は人前に出られない程の寝起きみたいな頭にされてしまう。
 撫でているのか、乱しているのか分からないくらいだ。

 でも。

「引っ込んで髪、整えてきなさい」

 最後に、ぽん、と優しい手の平が頭に置かれて、鼻の奥がツンとなる。

 ――そういう、魂胆か。

 髪をぐちゃぐちゃにしてスタッフルームへ引っ込ませて、ふやけたメンタルごと落ち着かせて来い。
 そういう意図が、店長の手にはあったのだ。

「はい」

 返事の声が、風邪のせいではなく、すこしだけ鼻声になった。

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