隣恋Ⅲ~幸せの風邪~ 3話 完


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 幸せの風邪 3 完 ~

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 わざと私の髪をぐしゃぐしゃにした店長のお言葉に甘えて、スタッフルームに引っ込んで、髪を整える。
 鏡を見ると、鼻の頭と目の周りがすこしだけ、赤かった。

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 まさか、店長に見抜かれるだなんて思わなかった。
 確かに今まで店長にはいろんな時お世話になってきた。でも、そこで、私のトラウマについて全てを喋った訳でもない。

 なのに、さらっと言い当てられるくらいには、店長は確信を持っていたのだ。
 ……そんなに、自信なさそうな顔してるかな。

 鏡に映る顔を眺めつつ、頬を引っ張ってみる。
 まぁ……少なくとも、自信に満ちた顔ではないな。
 もしかしたら、こういう所から、見抜かれたのかもしれない。

 櫛で丁寧に丁寧にヘアセットをしているうちに、顔から赤みは引いていき、私は大きく深呼吸をして、スタッフルームを後にした。

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 店に戻ると、まだお客はいなくて、店長は相変わらずグラスを磨いていた。
 お客さんが一人でも入っていればまだ気が紛れるから楽だったんだけど……なんかこう、若干気まずい。

 そう気にしているのは私の方だけみたいで、店長は横に並んで立った私にグラスを磨く用の布を渡しながら軽く首を傾げた。

「ていうかさ、雀」
「え、あ、はい」
「家で一人酒してて、なんでお風呂エッチになった訳?」
「そこ気になりますか!?」
「なるわよ」

 真面目な話から一転して、店長はやっぱり、店長だった。

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 そういうエロい話に気がいく性質が強い店長は、どうにも納得いかないというように、反対側へ首を捻った。

「だって酒飲んで眠いからベッド行ってそのままエッチに雪崩れ込むなら分かるんだけどわざわざ風呂に行ってする理由よね」
「……それはちょっと……愛羽さんの了解を得ないと」
「あ、生理?」
「違いますよ!」

 なんでこうさらっと言えるのかな。辞書でデリカシーという言葉を引いたほうがいい。

「となると、金本さんがシャワー浴びさせて発言したってところか」
「だからなんで正解引いちゃうんですか!」
「……むしろそれを正解だってバラすすーちゃんに問題アリよ。隠しなさいよ、彼女の為にも」

 突っ込まれて頭を抱える。
 つい、ツッコミと同時にバラしてしまうんだ。この癖をなんとかしないといけないと、改善を心に誓った。

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 店長は軽く腕を組んで、口元に何か言いたげな笑みを浮かべる。
 またどうせよからぬ事を言おうとしているんだろうけれど、一応、聞いてみる。

「……なんですか」

 妙な事は言わないでくださいよ、と半眼でにらむものの、私の眼力の効力の無さ。

「嫉妬の挙句、仕事帰りで疲れた彼女に襲い掛かるだなんて、なかなかやるじゃない、雀」

 責めているのか、褒めているのか、どちらかにして欲しい。
 さっきから、真面目な時は「雀」、それ以外は「すーちゃん」と呼び分けている店長だが、今の台詞で「雀」をチョイスしてくるのは……どうも、さすが、店長だなと苦み交じりにも目尻をさげてしまう内心だ。

 が、恋人とのセックスの導入を暴かれたのはやはり、気まずい。ていうか嫉妬の挙句うんぬんはフツーになさけなく恥ずかしい。

「……うるさいなぁ」

 痛い所を突かれて、耳を塞ぎたくなるけれど、生憎グラスが両手を塞いでいる。

「雀の事だから嫉妬心から結構激しくしちゃったんじゃないのー?」
「うーるーさーいーなー!」

 否定できない所が辛い。
 だって事実だし。
 えっちの最中、やたらと見せ付けるようにしていたのは、愛羽さんの心と体の記憶に私という存在を刻み込ませる為だった。
 焦らして焦らして、彼女に欲しがらせて、それを口にさせてから与えていたのは、私以外を求められないように憶えさせたかったから。
 誰にどうされているのか刻み付けて、私以外に目を向けないで、私だけを求めて欲しいという我侭で稚拙な行動だった。

 私が否定しないのを見て、店長はケラケラと愉しそうに笑い声を立てる。

「図星。アンタねぇ、もうちょっとポーカーフェイスってのを覚えなさいね」
「店長に揶揄われないためにもね!」

 鼻に皺を寄せて威嚇と共に言い返すけれど、あまり効果はないみたいだった。

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 そうやって私と店長がじゃれるようにしていると、バーのドアベルがカランカランと来客を知らせた。

「いらっしゃいませ」

 反射的に二人とも背筋が伸びて、迎えの挨拶が口から滑らかに滑り出る。身に染み付いた流れに、ああここのバイトを始めて結構長いんだなぁとしみじみする。

 お客様に席を促す店長を横目で眺めて、この店でバイトしてよかったと思う。ただのアルバイトの中の一人である私にここまで目をかけ、手をかけ、育ててくれた人。
 そして、プライベートの事にまで世話を焼いてくれる。

 見かけは冷たそうに見える店長だけど、中身は姉御肌で世話焼き。面倒見の良さはここのスタッフ皆が太鼓判を押すレベルだ。
 こんな大人になれたら、多分、自分に自信を持てて、嫉妬もせずにどんと構えて、恋人を支えてあげられるんだろう。

 この憧れの人を目標にして、彼女に少しでも近付けるように。

 そして、少しでも早く、愛羽さんに釣り合う人間になれるように。

 私は決意を胸に、小さく拳を握った。

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隣恋Ⅲ~幸せの風邪~ 完

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