※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 48 ~
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数秒、彼女が固まった。
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表情はちょっと面食らったようなそれのまま、わたしを見上げて、大体3秒くらいは、動きが止まった。
何事か。
「雀ちゃん……?」
すこし眉を顰めて首を傾げてみせる。と、彼女は手にしていた携帯電話をテーブルに置き、立ち上がり、両手を広げた。
リビングのドア付近に立っているわたしは、あぁそういうことか、と口元を緩めながら、その腕の中へと吸い込まれるように収まる。
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濡れた髪を不快にすら思っていないのか、雀ちゃんがわたしの頭に頬を押し付ける。
もちろん彼女の両腕はしっかりと背中に回って、いつもより少し強い力で、お風呂上がりの体を抱き締めてくれている。
「おかえりなさい。愛羽さん」
耳の傍で、彼女の声が温かく響く。
包み込まれるその感覚が嬉しくて、甘酸っぱくて、じんわりする。
わたしは雀ちゃんの背中に両腕を回して、ぎゅううと抱き着きながら、彼女の肩口に顔を埋めて、息を吸う。
お風呂上がりの、ボディソープの匂い。彼女の家で使っている柔軟剤の匂い。
「ただいま、雀ちゃん」
「お仕事、お疲れ様でした」
雀ちゃんの声の成分は半分以上優しさでできています。
そんなナレーションが聞こえてきそうなくらい、優しい声の労いに、小さく頷いて、わたしは心地良い腕の中にもう少し居たいと、軽く目を閉じた。
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……。
……。
……。
……ん?
「ねてた!」
「ぅわ!?」
「ぁ、ごめん」
雀ちゃんの腕の中が気持ちよすぎて、目を閉じたらそのまま眠ってしまったようだ。
はっとして顔を上げると、間近に、びっくり顔の雀ちゃん。
咄嗟に謝って腕を解くと、それに合わせて、雀ちゃんも抱き締める腕を緩めてくれる。
「立ったまま寝るとか器用ですね」
わたしが眠ってしまったことを承知で、雀ちゃんはしばらく抱き締めてくれていたらしい。
笑顔の中に少しだけ困った色を混ぜてわたしの頭を撫でると、雀ちゃんはソファへ座るように促した。
「ごめんね、ほんと」
いいですよ、と言った雀ちゃんはドライヤーをとってくると、わたしの濡れた髪を乾かそうとする。
化粧導入液を塗っただけの顔でリビングにやってきていたわたしはこの後、色々顔に栄養を塗り込む必要があるのだ。
だから同時進行で髪を乾かしてくれようとしてるんだけど。
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「い、いいよ、そんな雀ちゃん。自分で」
「やりたいからやらせてください。愛羽さんに触れていたいんです」
昨日からお世話になりっ放しなのにと遠慮するわたしに、上機嫌で雀ちゃんが言う。
そんなふうに言われたら断れないのを分かってやっているのだとしたら、案外彼女も計算高い。
しぶしぶ、彼女に背中を向けてソファに座り直すと、温風が髪を撫で始めた。
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恋人からの気持ちがこもっている分、サロンよりも気持ちいい気がする。
髪を持ち上げ、根元まできちんと乾くよう風を送ってくれる雀ちゃんの手が、たまに頭を撫でる。
それは、乱れた髪を撫でつけているのか、それとも、わたしの頭を撫でたくて撫でているのか。
どちらか判断はつかないが、なんとなく、両方の意味をもってして撫でられているのかもしれない。
大人しく髪を任せて、顔に美容液を塗り込む。
毎日のケアを怠ると、年齢が進んでから大変なことになるらしい。
目指せ、一生現役。とばかりに、今日も今日とてお手入れに勤しむのだった。
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