※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 43 ~
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「お疲れさまです」
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小さく笑顔を浮かべて、由香里さんがわたしの前に、グラスを置いてくれた。
カクテルグラスを満たすお酒は、緑色。
「ありがとう、由香里さん。ほんと、接待で疲れてるのにこんな会話聞かされたんじゃもっと疲れちゃうわ」
コースターごと、カクテルグラスをすすすと自分の手元へ寄せながらお道化ると、耳聡く聞き留めた蓉子さんが、まーの前へとカクテルグラスを置きながら、器用に片眉をあげた。
「何を言っているのよ、ここに来た時から疲れた顔してたでしょう。あんなに疲れた顔を二人揃ってしてきたのは、随分久しぶりで心配したわ」
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「だからあのお猿さんとの食事がそんなに大変だったのかと思って、冷たくしてしまったわ」
「冷たくするのは全然かまわないんですけど。だから蓉子さん、怒ってたんですか?」
「あら。気付かれていただなんて私もまだまだね?」
フフ、とまーに目を細める蓉子さん。
彼女が赤城さんと話をするとき、どうして目が笑っていなかったのか、やっと分かった。
酷く疲れた顔をして赤城さんを連れてやってきたわたし達二人を見て、「この男のせいで二人が疲れてるのか」と勘違いした蓉子さんは、わたし達の体を案じるあまり、怒ってくれていたらしい。
「だからずっと、赤城さんの相手してくれてたの? 蓉子さん」
わたしの言葉に、笑顔を見せた彼女。危うく見惚れそうになる。
だって、あまりにも優しい顔付きで笑うものだから。
「うちの可愛いコたちが疲れてるの、放っておける訳ないでしょう?」
その言葉に、ずきゅんと胸を射貫かれた。
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「やばい、惚れる」
「うん、惚れるね」
まーとわたしが馬鹿な会話をしていると、カクテルを作る道具を片付け終えた蓉子さんが、手持ち無沙汰にグラスを磨きながら、藪から棒に「雀とは上手くいったの?」と話題を変えた。
「え゛」
「ん? どゆことどゆこと?」
そういえば、ついこの間、わたしは蓉子さんに「付き合ってる相手の好みに自分が変化してしまうのって、変なこと?」と相談を持ち掛けたのだった。
その時蓉子さんは、変な事じゃないし、むしろ、そうなるのはいい傾向なんじゃないかしら? と答えてくれた。
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恋の話というか人の悩みというか、こういう類の話が好きなまーのきらきらした目に催促されて、悩みと経緯を説明すると、予想通り、まーは大爆笑してくれた。
「なんで笑うのよ……」
「いや、頭の固い愛羽らしい悩みだなと思って」
ふふふ、ふは、ふはははは、とまだ笑いが収まらないのか、再び笑いだすまーを睨んで、カクテルグラスに口をつけた。
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「それで? 解決には近づいたのかしら」
「一応……」
隣の人からにやにやした視線が送られてくるのがなんとも言えず気に食わない。だけど、正面の人からも、どうなったのか結果を教えなさいよと無言の圧力がかかってきて、わたしはおずおずと口を開いた。ていうか、開くしかなかった。
「うーん、と。雀ちゃんの立場になってみたら、気持ちが解ったというか。よくよく考えてみたら、わたしが変化することで彼女が喜んでくれるのが……むしろ嬉しいというか」
ちら、と由香里さんを見遣る。
彼女にもわたしは相談を持ち掛けていて、その時返された言葉が「恋人に開発されるのは、相手の望む形に近付けるから好きだ」というもの。
わたしが出した答えは、由香里さんの持論に最も近い。
悩んでいた時のわたしは、自分の羞恥心に気が行きすぎていて、雀ちゃんの立場になって考えるということをせずにいた。
偶然にもその相談をこのバーで持ち掛けたあと、雀ちゃんと攻守を逆転したえっちをして……彼女の気持ちを痛感したのだ。
そのことで、自分の中でも吹っ切れたものがあって、変化を受け入れる態勢になれたのだが。
「ほうほう、雀ちゃんの立場になったら、とな?」
「ということは、愛羽が攻めたのね」
「興味深いですね」
「そうね」
「止めてよ詳しく想像しないでっ」
わたしが赤らんだ顔で遮ると、まーはケタケタと笑い声をたてて終わったのだが、蓉子さんはやはり追撃の手を緩めない。
「で、どうだったの雀の感度は」
意地悪な笑みには相談料よ、とばかりに書いてあって、わたしはプイとそっぽを向いた。
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