※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 42 ~
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表へ出ると、停車している車へ真っ直ぐ進む赤城さんの後ろ姿。
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てっきり、車へ乗り込む前に立ち止まって振り返ってくれると思っていた彼が助手席のドアに手をかけたので、慌てて呼び止める。
「どうかお気をつけてお帰りください。本日はありがとうございました。御母様にもよろしく、お伝えください」
「え、あ、ああ。うん。ありがとう。また会社で」
彼のバッグと、わたし達からの手土産を渡すと、赤城さんはそそくさと車へ乗り込んだ。
出来ればお迎えに上がられたお母様にも挨拶をしようかと思っていたのに、それは叶わず、車は発進されてしまった。
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「ていうか何で最後の挨拶わたし?」
「荷物持ってたし。覚えてないと思うけど、あいつのお母さんと何回か顔合わせたことあるから、車にあんまり近付きたくなかった」
「なるほど」
確かに、学生の頃の恋人なら、お宅にお邪魔する事もあっただろう。それから何年も経て、こんな形で再開するとは誰も予想なんてしていなかっただろうけれど。
「まー?」
「ふぁ?」
車が完全に走り去り見えなくなった後、隣で欠伸をする彼女を見上げた。
「さっきは助けてくれてありがとう」
「大事な部下ですから」
軽くお道化る口調でも、わたしを見下ろす瞳が優しくて、ちょっとだけ気恥ずかしくなる。
頼りになる上司の腕を引いて、「酔」の扉へと向かった。
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わたし達が酔の店内へと戻ると、蓉子さんはすでにカウンターの内側へと戻っていて、優しい顔で迎えてくれた。
「お猿さんはママの所に帰ったのかしら?」
「ええ。ママがお迎えに来てくれたチャイルドシートに乗って」
蓉子さんとまーの言いようが刺々しい。
やはり二人とも、少なからず腹立たしい接待だったようだ。
「蓉子さん、さっきは助けてくれてありがとうございました」
彼女も、わたしを助けてくれたヒーローのひとり。厳密に言えば、ヒロインなのだけど。
「お安い御用よ。と、言いたいところだけど、真紀に後れを取ってしまったから胸を張っては言えないわ」
肩を竦める蓉子さんだが、あの場で彼女が色仕掛けをしてくれないと、あそこまで綺麗に収拾はつかなかったと思う。
いやいやとんでもない。と言ったまーが今まで座っていた席に疲れた様子で腰を下ろす。首を左右に曲げると、ぽき、ぽき、と音がして、昨日からの疲れの蓄積具合を物語っていた。
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「もう少しゆっくりしていきなさいな。最後のお口直しに、美味しいお酒でもいかが?」
確かに、このまま帰ると、楽しくない接待だったなぁという思い出しか残らない。
わたしとまーが顔を見合わせて頷くと、蓉子さんは小さく笑って、まだ立ったままだったわたしに、座るよう手で促した。
テーブルや椅子は綺麗に片付けられていたが、そこはさっきまで赤城さんが座っていた席。
「汚い席で悪いけれどね」
グラス片手に悪い笑みを浮かべた蓉子さんに苦笑して、わたしはまだほんのり人の温もりが残っている椅子へと腰掛けた。
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「ねー、蓉子さん。あの時何したんです?」
カクテルを作る彼女に、まーがわきわきと手を動かして尋ねた。
あの時、というのはあれだろう。わたしから引き剥がされた赤城さんに色仕掛けをしたあの時、まーは赤城さんの背中しか見えない位置に立っていたため、蓉子さんが何をしたかは不明だったらしい。
「あいつ、たってたんだけど、ちんこ」
「こら。女の子がちんことか言わないの」
「蓉子さんだって言ってるじゃないですか」
「私はいいのよついてるし」
「え、なにそれズルイ」
いや。
いやいやいや。
何普通に喋っちゃってるのか知らないけど!
そうなの!?
赤城さんそんな事になってたの!?
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驚愕を顔に浮かべていると、わたしに気付いたまーが「あれ、気付かなかったの?」とまるで天気の話みたいにさらっと言うけれど、なんでどうして気付けるのか、その方が不明だ。
「ひ、ひとのそんな所見ないわよ……っ」
「またまた処女ぶっちゃってぇ」
「そういう事じゃないでしょ!」
別に処女振る訳じゃないけれど、一々そんなとこに視線をあてないし、蓉子さんの色仕掛けからお母様の車に乗るまで、3分もなかったと思う。
なのにまーはいつ気付いたのか。
「だって前屈みだったからおかしいなと思って見たらそうなってるんだもん。だから蓉子さん一体ナニしたのかと思って」
「何って別に、撫でて胸摘んだだけよ」
初対面の人間を撫でて胸摘むのは、「別に」ではないと思う。
「えー? それだけでおっきします? 絶対他になんかやったでしょー?」
「強いていうならフェロモンかしらね?」
なんて大人すぎる会話を続ける二人の横で、わたしは顔を手で覆った。
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