隣恋Ⅲ~戦場へ~ 41話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 戦場へ 41 ~

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 いけないものを、見てしまった。

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 慌てて目を逸らすも、見てしまった事実は消えない。
 それに加えて、赤城さんが、

「あもしー、母さん、迎えに来てー」

 とハッキリ”母さん”と口にしたものだから、まーはぎょっとしたように振り返っているし、バーテンダーの二人も表情こそ変えないものの、なんとも言えない目をしている。

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 場の空気が凍っているとも知らず、通話を終了させて携帯電話をしまう赤城さんにはっとする。
 だって、どこに居るとかどこの近くまでとか、そういう位置情報を相手に伝えていない。

「ぁ、赤城さん、お迎えに来て頂く方にお店の名前とか……伝えられましたか?」

 できるだけやんわりと問うと、彼は首をめぐらせ、久々にわたしの顔を正面から見て、アルコールで赤くなった顔に笑顔を浮かべた。

「大丈夫だよー、GPSついてるからぁ」

 懐に仕舞った携帯電話を、ぽんと叩くところをみると、どうも、携帯電話にそれ関係のアプリを入れているのだろう。
 で、お母さまには、居場所は言う必要もなく、迎えに来てもらえる、と。

「そ、うですか。それは何よりです」

 さすがに、笑顔がヒクリと引き攣った。

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 それから20分ほど経った頃だろうか。
 赤城さんの携帯電話に着信が。

「もしー? あ、着いた? 出るよー」

 どうやら迎えが到着したようだ。
 わたしはとりあえず自分の荷物を置いたまま、お見送りの為に椅子から立ち上がった。
 母親が迎えに来たということは、三次会を考える必要はないだろう。

 随分と飲んだ彼でも、一人で立ち上がる事は可能なようで、「よーいしょ」と言いつつ、椅子から立ちあがる。と、フラリとよろけた。

 ある程度予測はしていたが、少し慌てて、腕を掴んで引き上げながら彼の胸板に手のひらをあてて、転ばないように支える。が。

「ごめんねー」

 悪いとも思っていないような声音で謝った赤城さんが、距離の近付いたわたしの背中に腕を回そうとする。
 咄嗟に赤城さんがわたしを抱き締めるつもりだと察知することができたが、彼を支えたままの状態では、その腕から逃れるために突き飛ばすことも出来ない。

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 ゴチ。
 と、鈍く響いた音。

「離れなさい。うちの愛羽に手出さないで」
「~~~~ったいなー! 暴力反対!」
「セクハラ反対」

 彼の両腕が背中に回る寸前。
 片目を閉じて首を竦めていたわたしから、赤城さんを引き剥がしてくれたのは、わたしの上司だった。

 見れば、彼の襟首を後ろから引っ掴んだまま、冷静に「あんたが今した事はセクハラだからね」と睨んでいる。
 鋭い視線を当てられているのに、物ともせず、赤城さんは拳骨を叩き込まれたのであろう頭を両手で押さえている。
 ぎゃんぎゃんと言い合いを始めた二人の背後、わたしの隣に立ったのは蓉子さんで、軽く嘆息をつきながら、わたしの頭を一撫でした。

「赤城さん、少し酔い過ぎみたいね」

 カウンター越しではない蓉子さんの存在に体ごと振り返った彼。
 蓉子さんは近付き、手を伸ばす。しなやかな手が彼の緩められたネクタイをきゅっと締め直した。

「誰彼構わずだなんて節操のないことをしないで? 私が欲しいのなら、私だけ見ていて?」

 ネクタイを直した手がさらりと頬を撫で、顎、喉仏、鎖骨を舐めるように這ってゆく。
 多分、蓉子さんはわざとそういう手つきにしているんだろうけれど、彼女の背後に立っているわたしからはその光景がよく見える。
 そのままボタンの閉められていないジャケットの中へと忍び込んだ手が、彼の左の大胸筋をシャツ越しに撫でた瞬間、赤城さんがビクッと首を竦めた。

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 途端に赤城さんの顔が、アルコールとは関係なく更に赤らんだところを見ると、蓉子さんの指が、彼の乳首を玩んだのだろう。

「分かったかしら?」
「はっ、ハイ!」
「よろしい」

 手を引いた蓉子さんが彼の背中を押し出すと、覚束ない足取りながら、彼は「酔」の扉を自分で開けた。
 すっかり忘れ去られている赤城さんの荷物を手に、わたしとまーが後を追った。

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