隣恋Ⅲ~戦場へ~ 39話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


←前話

次話→


===============

 ~ 戦場へ 39 ~

===============

 ふぅん? と蓉子さんは目の前でピザを頬張る男を見下ろした。

===============

 その顔は微笑みを浮かべているものの、目が、やはり笑っていない。
 こわぁ……、とおののくものの、蓉子さんは、まーやわたしには、ちゃんと笑ってくれる。

 ――……一体、赤城さんの何が気に入らないんだろう。

 別に、まーの元カレだから贔屓するとかは全くなくて、素直に、顔は整っている男性だと思う。スーツも専務らしく、生地の良いものを仕立てているし、着こなしも良い。
 身長だってそこそこある方で、女性にしては高身長のまーと並んでも別に見劣りしない。

 なのに、蓉子さんは彼と出会ってから一度も目を綻ばせていない。

 気を許していない、と言った方が確かだろう。

===============

「蓉子さんはどのくらいこのお店をされてるんです?」

 美味い美味いと、ピザを大絶賛して、由香里さんに向けていた笑顔を、ひょいと蓉子さんへと戻した赤城さん。

「どのくらいだったかしら。もう忘れてしまうくらいには、長いわ」

 ねぇ? と隣の由香里さんへと視線を流す蓉子さん。
 おかしい。自分の店で、確実にそういう事は把握している筈の彼女がはぐらかした。

 視線を受けた由香里さんも「何年になりますかねぇ?」とほんわか、首を傾げている。

「赤城さんは、勤めて長いのかしら?」
「私はもうすぐ10年です」
「そう。長く勤めていらして、立派ね」

 素敵よ。と褒められた彼はにへらと表情を緩くして、ピザに手を伸ばす。

 ――うーん……褒めたり、普通に喋ったりはするのに、相変わらず、目が笑ってない。

 一体どういうことなんだろう? と内心首を傾げたとき、蓉子さんの美貌がこちらを向いた。

===============

「何か、作りましょうか?」
「……お願いします」

 へ? と先頭に口走らなかったのは我ながら上出来と思うほど、驚いた。
 だって、いつの間にか気が付かないくらい自然と、自分のグラスが空になっていたから。
 まぁカクテルグラスは容量が少ないというのもあるけれど、それにしたって、空けるのが早すぎる。

 喉が渇いていたというよりは、ここに来てから手持ち無沙汰だったのだ。
 あと、随分と、カクテルが飲みやすい。

 この二つに考えが至ると、わたしは軽く下唇を噛んでしまった。
 幸いわたしの行動は誰にも気付かれていないのですぐに、唇を離したけれど、胸の内に広がる苦みは薄れなかった。

===============

 わたしが、誰より早く、杯を空にした理由。

 それは蓉子さんのおかげだった。
 蓉子さんが原因、という言葉を選ぶにはあまりに失礼過ぎる。
 だって、蓉子さんがずっと赤城さんの話相手をして、正面ばかりを向くように話し続けてくれていたから、わたしは手持ち無沙汰だったのだ。

 もっと分かりやすく言葉を変えれば、蓉子さんが赤城さんの話し相手をしてくれているので、このバーに来てからゆっくりできたのだ。

 耳は、二人の会話に傾けているけれど、口を挟むようなタイミングがない。
 そのくらいに自然と繰り広げられているバーテンダーと赤城さんの会話に入り込む隙がないので、グラスを口に運ぶ回数が増える。

 そうした結果、わたしのグラスはすぐに、空になってしまったのだ。

 ――もしかして、わたしとまーが疲れてるの……見抜いてる?

 わたしの前に置かれた細身で背の高いグラス。
 そして、優しく目を細めて「どうぞ」と言ってくれる蓉子さん。

 順に視線をあてたわたしは、自分の閃きが真実に近いものではないかと心のどこかで確信した。

===============


←前話

次話→


※本サイトの掲載内容の全てについて、事前の許諾なく無断で複製、複写、転載、転用、編集、改変、販売、送信、放送、配布、貸与、翻訳、変造などの二次利用を固く禁じます※


コメント

error: Content is protected !!