※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 39 ~
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ふぅん? と蓉子さんは目の前でピザを頬張る男を見下ろした。
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その顔は微笑みを浮かべているものの、目が、やはり笑っていない。
こわぁ……、とおののくものの、蓉子さんは、まーやわたしには、ちゃんと笑ってくれる。
――……一体、赤城さんの何が気に入らないんだろう。
別に、まーの元カレだから贔屓するとかは全くなくて、素直に、顔は整っている男性だと思う。スーツも専務らしく、生地の良いものを仕立てているし、着こなしも良い。
身長だってそこそこある方で、女性にしては高身長のまーと並んでも別に見劣りしない。
なのに、蓉子さんは彼と出会ってから一度も目を綻ばせていない。
気を許していない、と言った方が確かだろう。
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「蓉子さんはどのくらいこのお店をされてるんです?」
美味い美味いと、ピザを大絶賛して、由香里さんに向けていた笑顔を、ひょいと蓉子さんへと戻した赤城さん。
「どのくらいだったかしら。もう忘れてしまうくらいには、長いわ」
ねぇ? と隣の由香里さんへと視線を流す蓉子さん。
おかしい。自分の店で、確実にそういう事は把握している筈の彼女がはぐらかした。
視線を受けた由香里さんも「何年になりますかねぇ?」とほんわか、首を傾げている。
「赤城さんは、勤めて長いのかしら?」
「私はもうすぐ10年です」
「そう。長く勤めていらして、立派ね」
素敵よ。と褒められた彼はにへらと表情を緩くして、ピザに手を伸ばす。
――うーん……褒めたり、普通に喋ったりはするのに、相変わらず、目が笑ってない。
一体どういうことなんだろう? と内心首を傾げたとき、蓉子さんの美貌がこちらを向いた。
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「何か、作りましょうか?」
「……お願いします」
へ? と先頭に口走らなかったのは我ながら上出来と思うほど、驚いた。
だって、いつの間にか気が付かないくらい自然と、自分のグラスが空になっていたから。
まぁカクテルグラスは容量が少ないというのもあるけれど、それにしたって、空けるのが早すぎる。
喉が渇いていたというよりは、ここに来てから手持ち無沙汰だったのだ。
あと、随分と、カクテルが飲みやすい。
この二つに考えが至ると、わたしは軽く下唇を噛んでしまった。
幸いわたしの行動は誰にも気付かれていないのですぐに、唇を離したけれど、胸の内に広がる苦みは薄れなかった。
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わたしが、誰より早く、杯を空にした理由。
それは蓉子さんのおかげだった。
蓉子さんが原因、という言葉を選ぶにはあまりに失礼過ぎる。
だって、蓉子さんがずっと赤城さんの話相手をして、正面ばかりを向くように話し続けてくれていたから、わたしは手持ち無沙汰だったのだ。
もっと分かりやすく言葉を変えれば、蓉子さんが赤城さんの話し相手をしてくれているので、このバーに来てからゆっくりできたのだ。
耳は、二人の会話に傾けているけれど、口を挟むようなタイミングがない。
そのくらいに自然と繰り広げられているバーテンダーと赤城さんの会話に入り込む隙がないので、グラスを口に運ぶ回数が増える。
そうした結果、わたしのグラスはすぐに、空になってしまったのだ。
――もしかして、わたしとまーが疲れてるの……見抜いてる?
わたしの前に置かれた細身で背の高いグラス。
そして、優しく目を細めて「どうぞ」と言ってくれる蓉子さん。
順に視線をあてたわたしは、自分の閃きが真実に近いものではないかと心のどこかで確信した。
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