※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 35 ~
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角を曲がると、一台のタクシーが停車していた。
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近付いて中を覗くと、見覚えのある”猿”と、運転手さんが話をしている。
わたし達に気が付いた彼は、パッと顔を輝かせて、自ら手を伸ばしてドアを開けた。
「お待たせ」
「待ってたよー。愛羽さんもいらっしゃい」
「お待たせして申し訳ありません」
後部座席に乗り込むまーの肩越しに会釈をして、助手席へと向かう。と、その瞬間、腕を掴まれて、引き留められた。
「え」
「愛羽もこっち」
「狭くない?」
「狭いのがいいんじゃないか」
下心を隠そうともしない彼が、後部座席の一番端に寄ってにこやかに手招きしている。
いやらしさを感じさせないけれど、下心は見える。よくもまぁ器用にそんな状態を作り出せるものだと感心する。
だけど元カノ本人からから別れた理由について聞いたあとだと、どうにも内心では渋い顔をするしかなかった。
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しかし、女二人男一人とはいえ、大人が三人も並ぶと流石にせまい。
「大丈夫? 代わろうか?」
小声でまーに問う。
先に後部座席へと乗り込んでいたまーに引っ張られてその隣に座ったわたし。
つまり、左からわたし、まー、赤城さんという順で座っているので、彼女は真ん中の少し居心地の悪い席になっているのだ。
狭さもあってすこし、彼と密着しなければいけないのだから、嫌だろうと気遣ったのだけれど……。
わたしの小声を耳聡く聞き留めた赤城さんが、「え? 俺の傍来たいの?」とふざける。
「いつでも俺はオッケーだから、こっちにおいで」
「やめて。愛羽に手出したらそのドア開けて蹴落とすからね」
彼の方に怖い顔を向けたまーが、わたしに「へーき」と微笑み、ミラー越しに静観していた運転手さんに行先を告げた。
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「美人のマスターが居るお店連れて行ってあげるから、ちょっと大人しくしてなさい」
まーが赤城さんの膝をぽんと叩く。
ああいうのは、基本的に男性が喜ぶ行動と理解してやっている彼女。
――うーん。内心嫌ってる相手でもそれするとか、抜け目ないなぁ…。
わたしなら、多分やらない。
もし、相手が反応して、そういう方向に発展しそうになると面倒だし。
雀ちゃんには絶対聞かせられない内容だと、内心苦笑しながら軽く座り直した。
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美人のマスターというのは間違いなく蓉子さんの事だけれど、きっとまーは蓉子さんの正体を赤城さんに教えることはしないだろう。
赤城さんがどういう価値観の人物かは知らないけれど、蓉子さんの正体を知った時にショックを受けるような男ならば、その程度だと笑うだろうし、仮に蓉子さんに懸想したとしても蓉子さんならばうまく捌くだろうし、お眼鏡に適えばホテルへ連れて行かれることだろう。
どれにしたっていいや。
そんな考えが頭を占めているだろうまーの隣で、わたしは静かに車に揺られた。
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