※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 34 ~
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「空いてるって、席」
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通話を終了させたまーは、懐に携帯電話を仕舞いながらわたしの腕を引っ張って歩き出す。
くるりと踵を返して、今出てきたお店へと向かっているので、きっとお店に改めてお礼を言いに帰るのだろう。
他の部署はどうしているのかしらないけれど、うちは、彼女の教えで、ゲストをお見送りした後に一度お店に戻り、しっかりとお礼を伝えて帰るのだ。
ゲストを連れたまま二次会に行くときは仕方がないが、時間が許すときは必ず、接待で使わせてもらったお店には感謝を述べる。
まー曰く、もしかしたら、また別の接待でお店を使わせてもらうかもしれないのだから、良い顔をしておくに越したことはない、ということらしい。
「赤城さんは? 酔に先に行ってるの?」
「いや、多分あの角曲がったとこでタクシー停めて待ってる」
「ええ!? 同乗していくの?」
「だって待ってるって向こうが言うんだもん」
もん、じゃないわよ。本当に……。
まーの元カレというのは確かなのだろうけれど、現在は恋人ではない赤の他人であり、取引先の専務にあたる人なのに。
待たせるとかそんなぞんざいな扱いをしてはいけないと思うのだが。
「いーのいーの。自分が待つって言ったんだから」
と、軽く手をふって、なんの躊躇いもなく、彼を待たせてお店のドアをくぐった。
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丁度そこには、給仕をしてくれた仲居さんがいて、再び入店してきたわたし達を視界に捉えると、「あら」という顔をして、わざわざこちらへ近付いてきてくれた。
「何かお忘れ物ですか?」
はんなりと首を傾げるその姿は、”美しい”という言葉がぴったりだ。
彼女の心配に首を振って、まーがお世話になったお礼と、お店、料理、そして仲居さんに対して賛辞を述べる。
ご丁寧にありがとうございます。と頭をさげる仲居さんの目には少々驚きが混ざっていたため、きっとこうして引き返してまで、やってくるような接待後の会社員は多い訳ではないのだろう。
まーの半歩斜め後ろで同じく頭を下げていたわたしにも、にこりと笑顔を向けてくれた仲居さんに再度お礼を告げて、わたし達は今度こそ、お店を後にした。
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赤城さんが待っているだろう先へと急ぎ足で向かいつつ、まーはぼやく。
「帰って寝たい……」
「そうね……」
先程の食事でアルコールが入り、程よい眠気が押し寄せているのだ。
二人とも徹夜だし、まーに至っては昨日定時からわたしが出社する間に残業もしている。わたし以上に疲労は蓄積していることだろう。
「あの猿め」
「ほーら。猿とか言わない」
二次会に誘った彼を忌々しそうに言うまーだが、何故か固執して赤城さんを”猿”と表現することが多い。
「ねぇ、なんで二人は別れたか聞いてもいい?」
「あたしと付き合ってるって表では宣言して、裏では付き合ってないからって言いつつ色んな女とヤりまくってたから」
「あーごめん。……だから猿」
「そう猿。クソ猿」
まぁ……よくある話だ。……いやよくは無いか。
絵に描いたような駄目男のストーリーとでも言ったほうが正しい。
赤城さんに対して持っていた好感が一気に消失したのを感じ取ったのか、まーはよしよしとわたしの頭を撫でた。
「まぁ高校デビューでチャラ男になった猿には、寄ってきた女を跳ね除ける理性なんてなかったんさ。若気の至りよのぅ」
「……よく普通にしてられるわね、まー」
「あの頃は若かったんだって割り切るしかないじゃん。接待だし」
歩きながらでも器用に肩を竦める彼女は、どうやら、わたしが思っていた以上に、神経を擦り減らしつつ、赤城さんを接待していたようだった。
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