※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 32 ~
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彼が部屋の雰囲気を変えた。
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ハッキリとそう感じ取れるほどの、場を支配する彼の気配が濃い。
まーの呼びかけに応えて、赤城さんが居住まいを正しただけなのに、アルコールの匂いが漂う部屋の空気が一掃されたようだった。
「この度の御契約、誠にありがとうございます。微力ながら、御社の発展に尽力させて頂きますので、今後とも、よろしくお願い致します」
「ありがとう。こちらこそ、頼りにしていますよ。今後とも」
強く視線を交わした二人を見守っていると、急に、赤城さんがこちらを向いた。
わたしと伊東君を見比べるように視線を動かしつつ、
「君たちにも、期待しているよ」
と目元を緩めた。
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期待されるのは喜ばしいことだが、こうして、他社の専務から直々に声を掛けられるというのは、心臓に悪い。
その期待が大きいほどに、それ以上のものを返さねばと、わたしは身構えてしまう。
「ご期待に添える結果をお約束致します」
「おお、いいね。そういう志の高い返答、好きだよ」
内心、冷や汗をかくほどのプレッシャーだけど、涼しげに微笑みを貼り付けておく。
このくらいの腹芸は出来ないと、接待というのはこなせない。
「さて? ゆーくんはタクシーでお帰りですか?」
「おう、呼んどいてもらえる? 俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
じゃあ一緒に行こうか。とまーが言いつつ立ち上がりかけたとき、ささっと立ちあがった赤城さんが手を差し伸べた。
「お手をどうぞ」
「……」
「……なに」
目の前の手と、ずっと上にある彼の顔を見比べたまーは、複雑そうな顔をして、黙っている。
何事かとまーの発言を皆が待つ中で、彼女は信じられないというように唸った。
「元カレにエスコートされるとか。ましてやそれが自然すぎてなんかヤダ。あたしの知らないゆーくんが居る!」
「あれから何年経ってると思ってんだ経験値も積むわ!」
ほら。とまーの手を握って少し強引ながら立ち上がらせて、赤城さんはそのまま彼女の手を放さず部屋を出ていった。
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――あら? あららららら?
なに、あの二人。なんかいい雰囲気なの?
赤城さんが手を放さなかったのは、つまりはそういう事だろうか?
なんだかこちらが恥ずかしくなってしまいそうだが、ほっこりしている場合ではない。
わたしは立ち上がって、荷物を置いてある部屋の隅へと向かった。
隠し扉のようなその壁をスライドさせて、まーの鞄を手にとる。
赤城さんがトイレに行っているうちに、支払いを済ませておきたいところ。
だけど、まーは自分の鞄を取りに行く暇さえ与えられずに連れていかれちゃったから、とりあえずタクシーを呼ぶために、仲居さんへ声を掛けに行ったのが予想できる。
わたしは彼女に秘書さんから預かった現金の入った鞄を届けるべく、部屋の扉を開けた。
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廊下へ出ると同時に見えたのは、まーの後ろ姿。
どうやらまだレジの所に行っていなかったところを見ると、赤城さんと二言三言交わしていたのだろう。
左右を見渡して人影のないことを確認すると、ちょっと距離のある位置に居る彼女を呼び止めた。
振り返ったまーの顔は別にほころんではいない。
――なんだ。赤城さんからデートの誘いとか受けてにやにやしてるかと思ったのに。
「あ、さすが愛羽。助かる。支払いも済ませて戻るから、帰る準備して皆で待っててね」
こちらへ一旦戻って鞄を受け取ったまーは、別段変わった様子もない。
上司に春が訪れたのかをいち早く尋ねたいところだが、今はまだその時ではない。
赤城さんのお見送りをした後にでも、ゆっくり聞けばいいのだから。
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