※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 30 ~
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じっと見つめ合っている赤城さんと、まーを見つめて、わたしは静かに呼吸を繰り返した。
彼女が、どういう返事をするのか。
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「分かった。信じる」
「ありがとう」
二人の間で、どんなアイコンタクトが交わされたのかは、二人にしか分からない。
だけど、元カップルの声が明らかに明るく変化したのは耳に届いたので、わたしと伊東君は知らず知らずのうちに力んでいた肩から、ほっと力を抜いた。
「じゃあ今からはどっちで接待してほしい? 赤城さん? それとも優一君?」
――ふわー……名前呼びだ。
懐かしんでいるのか、まーは悪戯っぽく赤城さんに向かって微笑む。その顔がいつもの上司の顔ではなくて、若干、合コンに行く前の女の顔に近くて、ちょっとドキリとする。
わたしには大好きな恋人がいるし、まーに恋愛感情を抱いた事なんて一度もないが、いつもサバサバしたひとがああして女性の色を出してくるのは、正直同性ながら、ときめいてしまう。
「え、赤城さんとかヤだよ。もう足とか全然崩しちゃっていいから普通にお話しようぜ」
「やった」
早速、まーは正座を崩しているが、わたし達がそれに倣えるはずもない。
まーは元カノだから許される立場なだけであって、わたしや伊東君は、取引先の方と、接待する側の人間という関係性も、力関係も変わっていない。
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「いやそっちの二人もいいから。マジで、俺堅いの苦手だし」
「そうそう。優一が言ってんだからいいのよ。てかあたしが許す。足痺れて立てなくなる前に崩しときなさい」
いいからいいから。と頷く赤城さんの言葉に、顔を見合わせたわたしと伊東君は、おずおずと足を崩した。
「じゃあ……すみません。失礼します」
「優の隣が、金本愛羽。うちの次長。でその隣が伊東広樹。係長。以後、よろしくお願いね」
「あ、そうか。自己紹介するの初めてか。俺は赤城優一です。肩書は専務。よろしくねー」
ここは、合コンか。とツッコみたくなるような軽い紹介。
そんなので本当に大丈夫なの?
「これ、一応名刺。多分あたしに連絡する必要なんてないとは思うけど渡しとく」
いつの間に取り出したのか、まーは自分の名刺を礼儀も作法も何もないような渡し方をする。
親指と人差し指で挟んで、ハイ、だ。
まるで部下にプリントでも渡すみたいに。
内心、ひぇぇ……と思うけれど、何も言えない。
赤城さんは赤城さんで別段なにも思ってないのか、「サンキュー」と受け取り、「俺のも渡そうか?」と簡単に懐から取り出した名刺入れから一枚取り出して、まーに差し出した。
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「専務かー。優一、出世したねぇ」
しげしげと受け取った名刺を眺めるまー。
「いやそう言う真紀ちゃんも部長だろ? 優秀そうな部下二人も引き連れて」
ちら、とわたし達に目を走らせた彼は、何を思ったのか、わたしに向かって上に手のひらをむけた手を差し出した。
「愛羽さん、うちの会社に来ないかい?」
突然の引き抜きの台詞に目を丸くして、その手を見下ろす。
いったい何の冗談だろうか。
「やめて。あたしが大事に育てた子に手出さないで」
「いででで耳! 耳!」
見れば、赤城さんの耳をまーが容赦なく引っ張っている。
体ごと引いて、彼女の手から逃げた赤城さんは、赤くなった耳を擦りながら、驚きと呆れの混ざった顔を元カノへと向けた。
「お前なぁ、仮にも主賓だぞ?」
「あら。普通にお話しようって言ったのだれ?」
「ぐぬぅ……」
「だれ?」
「俺ですけど!」
まるで痴話喧嘩。その様子がおかしくてつい吹き出すように笑ってしまって、慌てて、身分を弁えるべきだったと思い直し、わたしは口元を隠した。
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