※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 29 ~
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「へ……?」
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伊東君の素っ頓狂なごくごく短い声が、コロリと部屋に転がった。
きっと、彼が声を漏らしていなければ、わたしが「え?」と漏らしていた。
そのくらいに、赤城さんの発言は突拍子もなかったし、予想だにしていなかった。
目をパチクリと瞬かせているわたしが、赤城さんを見る。彼はやけに楽しそうな表情で、自分を指差した。
「元カレ」
すぃ、とその人差し指が円卓の隣席に座るまーへと、目標を移動した。
「元カノ」
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「ええ゛ッ!?」
伊東君は持ったままのグラスを揺らして、ビールを零してしまいそうな程に驚いている。
わたしは何かの悪い冗談かと思って、赤城さんからまーへと驚愕の視線を移すけれど、彼女が片手の平で顔を隠して、というよりそこに顔を埋めて、「あちゃー」みたいな雰囲気を全身から立ち昇らせているのを見て、確信した。
取引先の重役である赤城さんと、うちの森部長は、かつて、恋人だったのだと。
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赤城さんが、「元カレ」「元カノ」という言葉を遣ったので、現在二人は付き合ってはいないのだと分かるけれど……なんというか、それはそれで、問題があるような、ないような……。
むくりと湧き上がった疑問と不安に、わたしが顔を曇らせると、赤城さんはまーを指差していた手を顔の前で開いて振る。
「公私混同はしてないよ」
さすがに、そこまで馬鹿じゃないって。と安心させるように言って、彼はまたビールに口をつけた。
どうやら赤城さんは、「もしかして森真紀という存在が居たから今回の契約は取れたのでは……?」という不安を纏った疑問を顔色から見抜いたらしく、それは違うのだとハッキリ否定してくれた。
まぁ、その否定が真実かどうかはわたしが判断できるところではないが、こちらの疑問を見抜く目を彼が持っている事は、今ので立証されたと思う。
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「なぁにが、森部長、だったかな? よ。最初から分かってたクセに」
「いや悪い悪い。でも真紀ちゃんの肩書き詳しくなくて」
――うわ。うわ。ほんとだ。
わたしはなんだかいけないものを見てしまったように唇を引き結ぶ。にやけてしまわないように強く引き結んだものの、目の前で取引先の重役が、自分の上司のことを”真紀ちゃん”だなんて呼んでしまう所を見ると、どうにも、二人の過去を覗き見ているようで、こちらが恥ずかしくなってしまう。
そして、肩書すら正確に把握していなかった人物の下の名前がするりと出てきたことから、二人が付き合っていたというのは、やはり本当のことのようだと分かる。
「最初は気付いてないのかと思ってたんだけど、いつから?」
まーがビール片手に、はぁと溜め息を吐く。
あの様子からして、元カレと職場で出会ってしまったのは彼女も予想外だったらしい。
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「前回の取引のときだったかな。会議室の端に居ただろ? 顔見てアレ? と思って。昔より随分背が伸びてて、ちょっと自信なかったんだけどな」
今回、名前聞かされて確信した。と赤城さんは小さく笑う。
そんな元カレの言葉に溜め息を吐いた彼女は、グラスをテーブルに戻して、居住まいを正した。
「本当に、あたしが居たから契約したんじゃないのね?」
真面目な顔に、声。
きっと、この中で一番そのことに不安を覚えているのは、まーだろう。
いつから赤城さんが”元カノが取引先候補に居る”と認知したかは分からないが、まーにしてみれば気が気でないだろう。
意図的ではないにせよ、そういうコネを使って契約を獲得してしまったならば、今回のことを素直に喜べない。
もしかしたら、そんな裏事情があったからこそ、まーは遅い昼食の時「即決させられなかった」と悔しがっていたのかもしれない。
真剣さが伝わったのか、赤城さんはグラスを置くと、背を伸ばす。
胡坐をかいたままでも、背筋を伸ばし堂々とした様子は、一人で二千万円の契約を動かせるだけの風格を備えていた。
「今回の契約、こちらは総計3500万をかけたプロジェクトだ。あなた方にお支払いするものはそれよりも少ないが、決して安いものじゃない。何より俺は仕事に誇りを持っていて、まだまだ会社を大きくしていきたい。その志に、過去の関係を持ち込む程馬鹿でもなければ、女に困っている訳でもない」
赤城さんが口にした情報は、簡単に社外に出していいものではない。
だが、それをわたし達に聞かせることで、信頼を得ようとしているのも分かる。
「公私混同はしてないよ」
先程も聞いた台詞だったが、一言一句同じでも、重みがまるで違った。
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