隣恋Ⅲ~戦場へ~ 28話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 戦場へ 28 ~

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 食べる順番は、あたしの真似しなさい。

 とだけ、まーは伊東君に言って、そのあとは穏やかな表情をその顔に貼りつけた。

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「やぁ。お待たせ」

 まるで彼女とのデートなのかという程ラフな台詞で、タクシーから降りてきたのは、赤城さん。
 スーツ姿で片手に小さなバッグを抱えたその姿は、今日のプレゼン中と違ってなんだか柔らかい雰囲気を漂わせていた。
 あの時の鋭い視線に、若干の怯えを覚えていたわたしは、彼に覚られない程度に、ほっと小さく息を吐いた。

「本日はお忙しいところをありがとうございます」

 まーが代表して挨拶をすると、彼は愛想の良い笑顔を浮かべた。

「いやいやとんでもない。副社長に急用が出来て好都合だったよ、こちらとしては。君たちとじっくり話をしてみたかったからね」

 意外な言葉が彼の口から飛び出してきて、わたしは「一体どういうこと?」と内心首を傾げた。

 ただの代打だと思っていたけれど、どうも、赤城さんの口振りは怪しい。明らかに、わたし達に興味をもっている。

 この食事会に妙な暗雲が立ち込めなければいいんだけど、と不安の過ぎる胸で考えた。

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 先程下見と荷物を置きに行った部屋へと戻る。
 迷う事無く、上座一等席に赤城さんが腰を下ろしてくれたので、その両隣に、まーと、わたしが座る。残った下座に、伊東君。
 ちなみに、伊東君の肩書は係長だ。

 もちろん、こちらは全員正座だが、赤城さんは胡坐をかいた。

 ああいうふうに、気遣いなく偉そうにしてもらえると、接待するこちらとしてはやりやすい。

 すぐさま、見計らっていたように先程の着物の仲居さんが部屋へと入ってきて、一人ずつにおしぼりを広げて渡してくれる。
 その動きやタイミングからして、やっぱり接待慣れしてるなぁと、彼女を好ましく思う。

 だって、何事も、慣れている人のほうがやりやすい。

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 それからドリンクを注文したのだけれど、赤城さんは迷いなくビール。まーと伊東君もそれに倣ってビールというものだから、わたしももれなくビールを注文するハメに。

 まぁ、接待ではよくあることなんだけれども、ビール、苦手なのよね、苦いから。
 まーと居酒屋行った時や、雀ちゃんの宅飲みの時に、ビールの練習をしているのだけれども、なかなか、飲めるようにならない。

「いや、両手に華とはこのことだね」
「とんでもございません」

 上機嫌に赤城さんが言うけれど、妙になれなれしいその態度になんだか違和感を覚える。
 わたし達が彼と個人的にきちんと言葉を交わすのは、ほぼ、これが初めてと言えるのに、砕けた口調に態度。

 プレゼン等で語り掛けはしたものの、それは会話というには随分とキャッチボールの無いそれだった。

 なのに、愛想のいい笑顔を浮かべて、まーとわたしを見比べて、それから伊東君に目を向けて「君も幸せ者だね」なんて言っている。
 そんなところに、ビールを4つ運んできた仲居さん。その後ろには初めて顔を見る仲居さんもいて、最初の料理を運んできてくれたみたいだった。

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 料理の説明をして、ごゆっくりと告げた仲居さんが去っていくと、赤城さんは早速、グラスを持ち上げた。
 どうも主賓自ら乾杯の音頭をとってくれるようだ。

「じゃあ乾杯しようか」

 あの会議室での鋭い視線はなんだったのかというほど、にこにこしている彼の目がわたしたちがグラスを持ち上げたことを確認して、すぅ、と細まった。

「両会社の発展を願って、かんぱーい」

 乾杯、とそれぞれ告げて、赤城さんがおいしそうに喉を鳴らしているのを確認してから、わたし達も倣って、グラスに口をつけた。

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「森部長、だったかな? こちらの二人は君の部下?」

 ビールを半分ほど減らした彼は、口元の泡を拭ってまーに尋ねた。

「ええ。私が信頼している二人です」

 にこやかに、いつも以上に愛想の良い笑顔を貼り付けたまーが穏やかに言う。
 ここは自己紹介の時か、とわたしが居住まいを正した瞬間、赤城さんが「へぇー」とやけに砕けた声音で言った。

「じゃあ言っても構わんよな。俺らの関係」

 コト、と赤城さんがビールグラスをテーブルに戻した音が、いやに大きく、部屋に響いた。

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