※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 24 ~
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「あいつも不憫な奴……」
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そそくさとお手洗いに向かって歩いていた廊下で、小さくそう聞こえた気がした。
何気なく振り返ると、まーがちょっと離れた所を歩いている。
先程、「ついて行こーお」とか言っていたが、本当についてくるらしい。
「何が不憫だって?」
まーが来るまで足を止めてから、悠々とやってきた彼女と並んで歩き始める。
微かに聞こえただけだから何の事かと問い掛けると、まーは横目でこちらを見下ろし、肩を竦めた。
「残業からの徹夜からの接待だから」
「それはまーも同じじゃない」
男と女の体力差を考えれば、まーの方が大変なことをやっている。
労うように背中をよしよしと撫でてあげれば、何故かちょっと呆れた様子で「ドーモ」と言ったまーに、頭を撫でられた。
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部長と次長が撫で合いながらトイレに入ってゆくという異様な光景を作り出しながら、わたしは早速、鏡前に立つ。
定時を過ぎたのでトイレには人気もなく、ゆっくり出来て好都合だった。
鏡に映る自分の首をじっくりと見つめる。
確かに、昨日の晩、家で化粧を終えたときよりかは、コンシーラーが薄れているかもしれない。
でも、ほんの薄く、肌が赤くなっているだけだ。
例えるなら、ちょっとかゆくて肌かきすぎちゃいました。くらいよりは薄い。そんな程度。
そんなものなのに、どうして、キスマークだと分かったのか。
どうやら本当にトイレに行きたくてついてきたらしい彼女は個室へ篭った。
その閉じた扉を鏡越しに見つめて、どれだけ鋭い目を持ってるのよ、と眉を顰めた。
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化粧ポーチから取り出したコンシーラーを指先にほんの少し取る。
あまり塗り過ぎても逆に浮いてしまうから、薄く薄く肌に馴染ませるように伸ばしつつ、キスマークをカバーしていく。
そのあと、粉のファンデーションで押さえて、鏡でチェック。
「……よし」
これで大丈夫なはず。
それから化粧直しをしていると、まーが出てきて手を洗いつつ、にやりとする。
「隠れた?」
「一応」
口紅を塗り終えた唇をティッシュオフして、ポーチに入れたままだったティッシュも一緒にゴミ箱へ捨てた。
ファスナーを閉めたポーチを、誰もいないのをいいことにそこに置いて、わたしも個室へと向かう。
まーは鏡前でネックレスの位置を直しながら、まだにやついていた。
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「でも珍しいねぇ、あのすずちゃんが首に付けるだなんて」
「……うーるーさーいー」
パタン、がちゃ。と扉と鍵を閉めて、一旦まーとの会話をシャットアウトする。
よく女子トイレで隣同士の個室に入りながら会話する子達がいるけれど、わたしはあまり好きじゃないの。トイレは無言で入りたい。
そんなに喋っていたいなら、一緒に飲みにでも行けばいいのよと思ってしまうくらいだ。
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個室から出て、手を洗いながら、携帯電話を触っているまーがニタニタと笑っている光景に薄気味悪さを感じて、眉を潜めた。
「なんで笑ってるの」
「え? すずちゃん、今週末土日バイトないんだって。だからホテル行けるなーと思って」
「ちょ……!」
ちなみに今、金曜日は忙しいのか聞いてるところー。と携帯電話を振るまーの行動の速さに焦る。
「ほ、てるの事言ったの……?」
「いや? それはやっぱりお若い人ふたりで話して頂かないと」
語尾にハートマークがつきそうなくらいの猫なで声で、お見合いの時の親みたいな台詞を吐く。
そんな彼女の携帯電話がぶるっと震えて、メッセージの受信を知らせた。
「えーとぉ? なになに?」
わざとらしく言いながら、携帯電話を覗き込むまー。
明らかに、ドキドキしながら雀ちゃんの返事を期待しているわたしを焦らすような物言いだ。
受信した雀ちゃんからのメッセージを一読したまーは、「ふひ」と妙な笑い声をたてた。
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