※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 18 ~
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「そ、そういえば」
話を切り替えるように、わたしは言った。
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「もう契約とれて解禁だと思うから聞くけど、多田くんはどうなってるの?」
データを消した多田くんは。
彼の名前を聞いた途端に顔を顰めたまーは、ごくんと口の中のものを飲み下した。
「忘れてたわ。顔見たら絶対ぶん殴る自信があったから自宅謹慎言いつけて出勤させないようにしたんだけど、そういえばほんとに出勤してなかったな」
彼の姿のないデスクを思い出すように、斜め上を向いたまーがどうでもいいことのように言った。
「もう常務も庇い切れないくらいやってるからなぁ。そろそろ窓際か首切りじゃない?」
「それがいいと思いますよ」
苦い顔をしながら伊東君も頷くし、わたしも否定する気にはさらさらなれなかった。
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常務のコネで入ってきた多田くんには、そもそも、やる気がないのだ。仕事を。
俺は常務の身内だぞオーラを漂わせれば仕事をせずにお給料をもらえるとでも思って、うちに入社したのだろうかと思うくらいに、仕事を面倒くさがる。
今回だって、あくまで推測でしかないが、残業を言い渡される→嫌だ→このデータが消えたら残業なくなる→よし消そう、と思考が働いたのではないかと思う。
中学生が、学校行きたくないから燃やしちゃえと放火するのと似た心理で、そうしたのではないか?
……まぁ、邪推でしかないけれど。
「ま、とりあえずあたしから今日、上に報告して処分決めるわ。それと、あんたたちと横田と神崎のご褒美もおねだりしとくから」
ワックだけじゃ足りないしね。と彼女は表情を一転させてウィンクした。
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それから他愛のない談笑を交わしつつ食事を済ませて、そろそろデスクへ戻ろうかというときに、まーの携帯電話が着信を知らせた。
迷いなく携帯電話を耳にあてたまーが真剣な顔をしているもんだから、わたしは自分のトレーと、彼女のトレーの1つを持って、食器の返却口へと運ぶ。
その後ろから伊東君も両手にトレーを1つずつ持ってやってきた。
まだテーブルに残っていたまーのトレーと、伊東君のトレーを運んでいると、まるでバケツリレーのように伊東君が両方とも軽々と受け取ってくれた。さすが男性。
「ありがと」
「いやこちらこそ」
と短く言葉を交わすものの、わたし達はまーの電話の内容が気になって仕方がなかった。
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全てのトレーを返却口へと入れて、まーの元へ戻ると、すでに通話を終了させたらしいまーが、カリカリと額を指でかいていた。
「何かあったの?」
「あぁ、うん。トレーありがと。……二人とも、今夜、接待に行く体力、残ってる?」
……やっぱりか。
と胸中で呟いたもう一人のわたしが、空を仰ぎ見た。
「赤城さんと副社長がサシで飲む予定だったけど、うちの副社長に緊急の仕事が入って。出来ればうちら3人と飲みたいって赤城さんが仰ったそうよ」
あたしはもちろん行くけど、あんたたちは好きにしていいよ。
少しだけ困った顔に優しさを混ぜたまーは、きっと、徹夜明けのわたし達の体調を案じて、選ばせてくれようとしている。
だけど、ここでわたしも、伊東君も、断ることはしないだろうなぁと気の毒そうな目もしている。
「行きます」
「もちろん」
「だよねぇ」
まーはすぐさま、折り返しの電話をかけるべく、携帯電話をタップした。
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