隣恋Ⅲ~戦場へ~ 17話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 戦場へ 17 ~

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「はぁぁ、やっぱり分からないモンだねぇ」

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 感慨深げに言うのは、まーだ。
 彼女は部長ながら、自分の目が行き届いていなかったことを少し反省するように軽く目を閉じてから、瞼を押し上げ伊東君をまっすぐに見つめた。

「伊東、ありがとう」
「あ、いえ。俺は先輩としての役目を果たしただけっス」

 唐揚げに伸ばしかけた箸をきちんと置いて、背を伸ばして両手を膝において首を横に振った彼。
 あんたホントにいい奴だよね、とまーが言ってから、溜め息を吐いた。

「あたしはまだまだだなぁ。今回の多田の暴走も元はといえばあたしが言い出した事きっかけだしなー。本っ当、悪かったよ、二人とも。特に、伊東」
「結果オーライですよ」
「そうよ。今回のこと、気にしすぎちゃだめよ?」

 意外、だった。
 だって、まーがあまりにも沈んだ様子で、わたし達に謝るから。

 演技でもなんでもない素の彼女の言葉に聞こえて、内心、慌てた。
 彼女が会社でこんな姿を晒すだなんて。
 家でだって、滅多にない。こんな、へこんだ彼女の顔を見るのは久しぶりだ。

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 あ゛ーーーー。と長く唸ったあと、彼女はとり天に箸を突き立てた。

「だってさー。即決じゃなかったじゃない?」
「即決?」
「プレゼン見たあと、赤城さん。腕組んで悩んでたでしょ?」

 ……言われてみれば、そうだ。
 だけど、当然のことと思ってわたしはその時、赤城さんを見守っていたんだけど。

 今回の契約の候補は4社あって、それぞれの会社まで赤城さんが足を運んで、プレゼンを見て回り、最良の会社と契約を結ぶ段取りになっていた。
 わたし達の会社のプレゼンは一番最後にアポがとられて、すでに3社のプレゼンをみた後の赤城さんがそこに居るだけで、プレッシャーは半端なかった。

 今回、パワーポイントに合わせて解説する役目を仰せつかっていたわたしは、彼の前で声が一瞬、震えたくらいの重圧。

 いや、声震えたのは一瞬よ? 一瞬。ほんの最初だけ。
 あとは全然大丈夫だったんだから。

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「プレゼンみた後、”よしすぐ契約だほらそうしよう!”ってな具合に即決させられると踏んでたんだけど……あーーー悔しいなーーー」
「え」
「え゛」

 心の底から悔しがっているのか、脚をパタパタするまー。
 やめなさいホコリがたつから。と思う一方で、驚愕の表情を浮かべるわたしと、伊東君。二人で顔を見合わせてから、先に口を開いたのは彼の方だった。

「あー……の、森部長?」
「あん?」
「もしかして、2千万クラスの契約、即決させるのが目標だったんスか?」

 ちなみにわたしは、今日、すぐに結果が出るとは思っていなかった。
 2千万円もする契約、一旦赤城さんが自社に渡した資料を持ち帰って、4社から選出する会議をして、後日、決まると思っていたので、腕を組んだ赤城さんになんの不安もおぼえなかったんだけど……まーは違ったらしい。

「当たり前でしょ。あんた達、即決させられる自信も持たずにプレゼンしてたの?」
「ぁ、いや、えー…っと……?」

 困ったように伊東君から視線が送られてくるけれど、わたしは顔を引き攣らせる。

「ま、まぁ契約はその日のうちに取れた訳だし、ね?」

 よかったよかった。とぎこちなく笑顔を浮かべてみるけれど、内心は彼女の目標の高さに舌を巻いていた。

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「1ヶ月で2千万契約取れるプレゼン完成させろとか、上も滅茶苦茶な事言ってくれるなと思ったけどさ、こんな機会そうそうないじゃない? だからもうトコトンやったろーと思って特別力入れてやってたんだけどなー」

 やっぱコンディション最悪状態では即決は無理だったなぁ。

 と、やはり悔しそうにとり天にかぶりついたまーの横顔を見ながら、この人はどこまでも高みを目指すひとなんだな、と胸が震える。

 武者震いとも違う、なんだか、次元の違いを見せ付けられた畏怖のようなものを感じて、僅かに汗ばんだ手で、わたしは箸を持ち直したのだった。

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