隣恋Ⅲ~戦場へ~ 16話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


←前話

次話→


===============

 ~ 戦場へ 16 ~

===============

 ラーメン。チャーハン。唐揚げ定食。

 とり天定食。カレーライス。

 焼き魚定食。

===============

 やっぱり男性というのもあって、食事の量は伊東君が一番多く、次にまー、最後にわたしという順だった。

 一回の食事で二食分を平らげようというまーにも目を丸くするけれど、それを上回る伊東君の食事量には目をまん丸くした。

「……それ全部食べるの? 伊東君」
「いやもうさっきまで腹減ってなかったんだけど、ここに来たら猛烈に腹減って」

 この時間だから食堂を利用している社員も数人しかおらず、がらんとしている。
 わたしとまーが隣の席に座って、その向いに伊東君が座る。
 6人席を選んで座ったのだけど、テーブルいっぱいに広がる食事達を目にするだけで、ちょっと満腹感を味わえそうだった。

「むしろ愛羽はそれで足りるのかって話よ」

 わたしの焼き魚定食をちらと見遣るまー。
 ウンウンとまーの言葉に頷いている伊東君。

 もし、二人と同じような食事量にしろと言われたら、確実に胃が爆発すると思う……。

===============

「それでは」

 まーが手を合わせたので、倣って手を合わせる。
 わたしは一人で食事を摂るときにも自然とやっているのだが、伊東君はどうやら違ったようで、一瞬「は?」みたいな顔をしたけれど、目の前で女二人が手を合わせて、自分の準備を待っていると気が付いて、慌てて両手を合わせた。

「いただきまーす」
「いただきます」
「い、いただきます」

 たどたどしく挨拶を口にする彼にちょっと笑って、わたしはお味噌汁の椀に手を伸ばした。

===============

 ふぅふぅと湯気のたつお味噌汁に息を吹きかけて、ゆっくりと椀を傾ける。
 唇に触れたお味噌汁は思っていたよりも熱く無くて、そのまま口内へと少し流し込む。

 口の中に広がるお出汁と味噌の味。こくんと飲み込めば、自然と溜め息のような吐息が漏れた。
 お味噌汁を飲んでほっとするとか……日本人だなぁと思う。
 もう数口をゆっくりと飲んで、ようやく人心地ついて、わたしはお椀を置いた。

「にしても、横田君が泣くとは思わなかったなぁ……」

 そう。
 あの、インテリ眼鏡をかけたいつもクールな横田君が、わたし達が凱旋だぞと胸を張って部署に戻ったのを見るなり、デスクから速足で近付いてきて、確かに契約が取れた事を確認した直後、両目から大粒の涙を零したのだ。

 すぐに泣き止んだものの、鼻も眼鏡の下の目元も赤くなっていて、ぺこと頭をさげたら「トイレ行ってきます」と廊下へ出て行ってしまったのだ。

 そんな彼を追いかける訳にもいかず、神崎さんをはじめ、同じチームで頑張ってきてくれた仲間たちに、結果報告をしたあと、パソコンを置き、とりあえず財布と携帯電話だけをもって、3人で抜けてきたのだ。

===============

 お魚に箸を伸ばしながら呟いたわたしに、横からは「確かにね」と同意の声がかかったが、正面からは、「俺はちょっとだけ予想してた」と苦笑を混ぜた声が届いた。

 意外な声に目を向ければ、彼は一瞬目を泳がせて、言ってもいいのかなと思案するような顔付きになったあと、「内緒ですよ」とまーとわたしへ念押しし、説明の口を開いてくれる。

「今回のチームに横田が選出されたとき、俺、相談受けてて。自分なんかまだまだで、他の先輩を差し置いてチームに入って、もしも足手まといになったらどうしたらいいのか困るから、チームから外してくれって」
「あの横田君が?」

 お魚の皮を剥く箸が止まるくらいには驚いた。

 だって、いつもクールで、部長であるまーにだって結構ズケズケ物を言う彼が、自ら辞退を口にしていただなんて。
 わたしの中にある横田君のイメージでは、「どこで僕が成果をあげてやろうか」とインテリ眼鏡を指で押し上げながら虎視眈々と狙っている感じなのに。

「俺は前から横田は出来る奴だと思ってたから、それ伝えて、俺に騙されたと思って今回のチームで死ぬ気でやってみなって励ました。それで結果が出せなかったら、自分はその程度でいいんだって思っていいから、やってみろって」

 伊東君は確か、弟が居ると言っていた。
 もしかしたら、横田君が弟さんと重なってみえたのかもしれない。

 相談を持ち掛けられた時を思い出す眼差しがちょっと優しくて、つられて、わたしも口角が持ち上がる。

「プロジェクト進めてる間ももちろん頑張ってたけど、昨日の事件が起きて、そこでもすげー頑張ってて。契約とれてうれしいのもあったけど、ほっとしたのもあったんだろうな」

 あいつの自信つける事においては、今回の事件はプラスに働いたよな、とお兄ちゃんは嬉しそうに言って、ラーメンをすすった。

===============


←前話

次話→


※本サイトの掲載内容の全てについて、事前の許諾なく無断で複製、複写、転載、転用、編集、改変、販売、送信、放送、配布、貸与、翻訳、変造などの二次利用を固く禁じます※


コメント

error: Content is protected !!