※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
===============
~ 戦場へ 15 ~
===============
キッ……と椅子の軋む音が、静寂の中に響いた。
===============
知恵熱が出そうだと力無く言っていたのに、やはりそこは男性。体力があるのだろう。
伊東君が一番最初に、自力で椅子から体を起こした。
彼は椅子の座席部分に上半身を乗せて、床に膝を着いていた状態から「う゛う゛」と低い唸り声を漏らして、背もたれを支えにして立ち上がる。
そして大きく息を吸いながら両手を上にあげて、ぐぐぐと伸びをした。
腕を下ろして両腿でパシンと音を鳴らすと、それで気を入れたかのように、会議室の片付けを始めた。
一晩で復活させたパワーポイントを投影させたプロジェクターのスイッチを感慨深げに切った伊東君だけに、片付けをさせる訳にはいかない。
深く吸った息を、フッと勢いよく吐き出しながら立ち上がって、プロジェクターに繋いでいたノートパソコンへと近付いた。
「いいよ、休んでて。疲れてるだろ?」
「わたしよりずっと頑張ってくれた伊東君だけにさせられないわ」
とりあえずスリープ状態にして、部署へ持ち帰るために、パソコン用の鞄に仕舞う。
紳士的な言葉を疲れた顔ででも口にする彼の優しさに、微笑みを返すも、きっとわたしの顔も随分と疲れていることだろう。
「若者は回復がはやいねぇ」
椅子の上で呟いたまーは、「よっこいしょ」と掛け声をかけて、副社長と赤城さんが置いていった資料を回収し始めた。
「若者って、まーもそんな歳変わらないでしょうに」
「この歳になると、1歳の違いが随分と大きいのよ」
肩を竦める彼女の顔にも、疲労の色は濃く浮き出ていた。
===============
会議室の片付けを終えて、自分達の部署へ戻るためにエレベータへ乗り込む。
口数も少なく到着したエレベータから降りると、まーはわたし達二人の背中をパシンと叩いた。
「さ。ここからはちょっと元気だせ! 凱旋だぞ!」
こういう所は本当に感服する。
疲れに支配されて、そこまで全くと言っていいほど頭が回っていなかったけれど、わたし達は下に部下や後輩を抱える身だ。
そのわたし達が、2千万円の契約でヘトヘトになっている姿を見せてしまうと、部下や後輩に、限界ラインを無意識に植え付けることになるのだ。
”森部長のチームがヘトヘトになるのが2千万円か。なら、自分はこのくらいだな”と、基準を定めてしまうのだ。
もしかしたらわたし達が気付いていないだけで、わたし達よりも遥かに優秀な原石が部下に居るかもしれない。その原石に、限界ラインや基準などといった、伸びしろを潰すようなものは、与えてはいけないのだ。
まぁ原石だけに限定せず、部下後輩全員に対してそうなのだが。
叩かれた背中の痛みは相当だったけれど、わたしと伊東君は猫背をしゃんと伸ばして、森部長の勇ましい後ろ姿に続いた。
===============
――流石だわ。ほんと。
また一つ、彼女の尊敬する所が増えた。
なんて思って見つめていた背中がくるりと向きを変えて、立ち止まる。
「っ」
伊東君も驚いたらしく、息を詰まらせながら、ピタッと立ち止まった。
突然踵を返してわたし達の方を向いて立ち止まったまーは、内緒話をするように潜めた声に、真剣な色を漂わせて言った。
「パソコンとか置いたら、すぐ食堂行こう!」
朝食も昼食も抜いたまーのお腹は、どうやら限界を迎えていたようだった。
===============
※本サイトの掲載内容の全てについて、事前の許諾なく無断で複製、複写、転載、転用、編集、改変、販売、送信、放送、配布、貸与、翻訳、変造などの二次利用を固く禁じます※
コメント