隣恋Ⅲ~戦場へ~ 10話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 戦場へ 10 ~

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 重たい扉をくぐると、警備員のおじさんがガラス窓の所でニタリとした笑顔で待っていた。

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「なんですかー?」

 向こうが揶揄うというかはやし立てるというか、”ヒューヒュー”みたいな顔をしているものだから、ツンと澄ましてみせる。

「金本ちゃんのキスシーンでも見れるかと思って待ってたんだけどなぁ?」
「セクハラですーやめてくださーい」

 やっぱりキスもハグもしなくてよかった。
 鼻に皺を寄せて冗談めかして威嚇してみせると、おじさん達は豪快な笑い声をたてたあと、コーヒーのお礼と、がんばれよ、という励ましの言葉をくれた。

「がんばる!」

 と手を振って詰所の前を通り過ぎると、照明が極力落とされた薄暗い中、エレベータの前で伊東君が立っているのが見えた。

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「ごめん、待っててくれたの?」
「あぁ、エレベータ俺が使ったら戻ってくるまで時間かかると思って」

 小走りで彼の元へ急ぐと1階で待たせてあったエレベータの扉を開けて、わたしに先を譲ってくれる伊東君。

 うーん。エレベータは2台あるからべつに1台使ったからといって随分待つわけではないんだけど……まぁいいか、彼も疲れているんだろう。
 お礼を言って先に乗り込むと、後ろに続いた彼がボタンを押して、壁に寄り掛かった。

「良い…車乗ってたな」
「え?」
「いや、さっきの」

 伊東君が雀ちゃんの乗っていた車のことを言っているのだと気付いて、ハッとする。
 そういえば、確認するの忘れてた!
 誰の車なのか、誰から借りたのか、どういう関係性の人なのか!

 ……あのときまーからお使いの電話がかかってきて、それですっかり失念していたのだ。

 しまった……忘れてた……と後悔してももう遅い。

「あれってやっぱり、いい車なの?」

 生憎、車にあまり興味が無いので、わたしは大体しか知らない。
 いい車、というくらいだから伊東君なら大体以上の詳しい情報を知っているのかと尋ねてみると、なかなかいい値がするやつだと思うけど、との返答。

 ……やっぱり、仕事が片付いたらちゃんと問い質した方がいいかもしれない。
 レンタカーでいい車を借りるのと、友人知人にいい車を借りるのでは、話が随分違ってくるのだから。

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「結構若そうに見えたけど、あんな車乗れるんだな」
「え? あぁ借りた車って言ってたけど」
「あー借りた。ナルホド」
「なに?」
「いや別に。お先にどうぞ」

 あの車にそこまで興味があるのか、やけに尋ねてきた伊東君が到着したエレベータの扉を開けて、先を促してくれる。
 お礼を言って箱から降りると、わたし達の部署だけ煌々と灯りが点っているのが見えた。

 昼間と違って随分響く自分達の足音を聞きながら、デスクへ近付くと、待ってましたとばかりに、まーがこちらを向いた。

「ご飯だーーーー!!」
「……お疲れ。誰もいないからって騒がないの」
「こちとら腹が減ってんでぃ」

 なんで江戸っ子口調になるのか謎だけど、お腹が減っているのはそうなのだろうと、彼女に袋を差し出した。
 ほくほく顔で受け取ってそれを広げ始めるまーに苦笑して、すでに仕事を進めてくれていた横田君と神崎さんに「お疲れ様、遅くなってごめんね」と声をかけた。

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「いえ、助かりました。これで森部長が静かになります」

 四角い眼鏡のフレームをカチャリと押し上げて、横田君がやれやれと溜め息をついた。
 どうやらまーは、ずっとあの調子のテンションで居たようで、お腹が減ったと煩かったらしい。

「お腹いっぱいになって眠たいって言い始めちゃいそうですけどね」

 柔らかくて優しくて可愛い声でそんなことを言うのは神崎さん。ぽやんとした口調だけど、この子はとても仕事ができる。
 もちろん、横田君も仕事ができるから、この場に呼ばれている。

「ほぉふぁひょーふゅーひょ」

 早速片手にバーガーを持ってかぶりつきながら、まーが何か言う。
 数秒理解に時間を要したけれど、彼女が「そうだ領収書」と言ったのが分かって、わたしは自分の財布からそれを取り出した。

「……何故今ので理解できるのか謎です」
「え? 分かりにくいけど分かるでしょ?」
「いやいや今ので分かるとか金本さんすげぇわ……」
「部長と次長の阿吽の呼吸ですねぇ」

 皆に散々言われるけれど、なんとなく理解できるんだよなぁ……と首を傾げてわたしはまーにそれを渡す。
 早くもひとつめのバーガーを食べ終え、包み紙を丸めた彼女は、領収書に目を通して自分の財布からその額よりも多い紙幣をわたしに差し出した。

「いや多いって」
「いいから取っておきなさい。お使い頼んだ訳だし。ガソリン代も含めて」
「……それなら、ありがたく」

 雀ちゃんへのお礼も兼ねたものならば、受け取ろうという気になる。
 大人しく紙幣を受け取ったわたしに頷いて、次のバーガーへ手を伸ばす彼女の気遣いに感謝した。

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