※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 7 ~
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特に道を説明することもなく、順当に道を進む車の中でわたしは夜風を浴びた。
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ワクドナルドというと、テイクアウトの折には必ず匂いが気になるものだ。
こんなものを持って電車やバスに乗ろうものなら、袋の隙間から零れる匂いに、誰かしらの視線を集めることだろう。
そのくらい強烈で美味しそうな匂いは、当然車の中に充満し始めて、雀ちゃんと相談してすべての窓を半分くらいまで開けて走行することにしたのだ。
「ねぇ、雀ちゃん」
「はい?」
「どうしてうちの会社への道、知ってるの?」
彼女はナビを利用している訳でもなく、まるで訪れたことのある道のようにすいすいと車を進めている。
確か、会社の名前や大体の場所は、以前教えたことがあったけれど、彼女の大学とも違う方角にあるうちの会社への道を記憶している理由は謎だった。
「あー……」
左手でハンドルを握り、反対の手で頬をぽりぽりとかく雀ちゃんは、その顔に照れくささと苦笑をのせた。
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「実は夢だったんですよね」
「夢?」
彼女の横顔を見つめて首を傾げる。
夢というと、寝て見るものと、憧れを抱くものとあるけれど、どうやら雀ちゃんが言っているのは後者なのだろう。
「愛羽さんを、車で会社に送っていくのが」
恥ずかしいのか、赤信号で止まったのに、一切こちらを見ない雀ちゃんはキャスケットのツバを軽く持ち上げたりして、落ち着かなそうに青信号に変わる時を待っている。
「……ちゃんと予習してたんだ?」
自宅から会社までの道をどう走らせると車で辿り着けるのか。
わざわざ調べて、覚えていたらしい。
いつこういう機会がやってくるかもわからないのに。
だから、会社から一番近いワクドナルドを知っていて寄ったのかと納得する一方で、わたしは彼女の顔を覗き込んだ。
「ノーコメントで」
別に悪いことでもないだろうに、彼女は肯定も否定もせずにアクセルを踏んだ。
本人としては、そういう裏の努力というかデートの下調べみたいな事は、あまり知られたくないのだろう。
けれど、わたしとしては、そんな夢を抱いていてくれた事に感動を覚え、さらにじわじわと溢れてくる幸福感と彼女への愛しさに、表情筋を緩めずにはいられなかった。
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「ありがと」
「へ?」
「だって、いつかこうして送ってくれようと思っててくれたんでしょ?」
車を走らせている彼女がチラ、とこちらを流し見たけれど、すぐに視線は前へと戻される。
雀ちゃんの目には、やけににやけたわたしの顔が映っただろうけれど、この際、構わない。だって嬉しくてニヤニヤでれでれしちゃうもの。
「嬉しいの。そうやって、わたしの為に何かしてくれようとか、わたしと何かしようとか、思ってくれること」
「……」
「わたしはよく、美味しいお店見つけたら雀ちゃん連れてまた来たいな、とか。珍しいお酒やコーヒー豆見つけたら買って帰ってみようかな、とか。デートスポットの記事読んだら雀ちゃんとデート行きたいなとか思うんだけど。それと似た感じで雀ちゃんが考えててくれたのが、嬉しいの」
引き締めようと思っても、なかなかうまくいかないくらいに、表情が緩む。
一緒にいないときでも、雀ちゃんの心の片隅にわたしが居させてもらえることが、くすぐったくもあるけれど、それを遥かに上回る喜びを湧きあがらせてくる。
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脚をばたつかせて喜びたい所だけど、流石に大人だし、やめておくけれど。
仮にベッドがあれば、ダイブして布団にくるまりながら脚と手をバタバタさせたいくらいだった。
「そんなの、当たり前ですよ」
幸せを噛みしめているわたしに、雀ちゃんは嬉しい追い打ちをかける。
「私も色々、愛羽さんと行きたいとことか、考えてますから」
「ふふ、例えば?」
「大学の傍に、ケーキが美味しいって評判の喫茶店があるんですけど、今度デートに行きませんか?」
「いく!」
即答を返しながら、緩む頬をおさえる。
もうすぐ会社に着いてしまうというのに、口角が上がりっ放しだ。
デートに誘われたのも嬉しいけれど、それ以上に、わたしの即答を耳にした彼女が、さも嬉しそうな横顔をみせてくれたのが、何より嬉しかった。
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