※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ 戦場へ 3 ~
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「こ」
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ、とまだエンジンも掛けていない車の中では、携帯電話のバイブの音がよく聞こえた。
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わたしの言葉を遮るようにバイブを鳴らし始めた携帯電話に溜め息を吐いて、鞄の中に手を突っ込む。
手探りで取り出したそれのディスプレイに表示された名前は「森真紀」で、相変わらずタイミングが悪いことこの上ない。
雀ちゃんに少しだけ待ってもらうようにお願いしてから、電話に出ると、必死で仕事をしている割には元気そうな声の彼女が叫んだ。
『ワックが食べたい!』
「はぁ?」
『そろそろ準備出来てくる頃でしょ? ワック食べたいワック買って来て!』
「会社の前のコンビニのもので我慢して」
『ヤダむりワック食べないと頑張れないこのプレゼンぽしゃっていーいーんーでーすーかーぁ?』
……なんだろうこの深夜テンション。仕事のし過ぎと追い込まれ過ぎて、まーが妙なテンションになっている。
あまりの煩さに携帯電話を耳から離して、このまま切ってやろうかしらとディスプレイを見つめていると、静観していた雀ちゃんが小さく笑った。
どうやら笑われるくらいには、ウザそうな顔をしていたらしい。
だって、こっちがちょっと真剣にこの車について話しなきゃと思ってるときにこんなテンションで電話されても…………だいぶ、うざい。
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耳を離したせいでよくは聞き取れないけれど、未だにまーが叫んでいるのはなんとなく聞こえる。
この煩い状態で耳に戻したくないなぁと眉を顰めて、手にした携帯電話のディスプレイを見つめていると、横から伸びてきた雀ちゃんの手に、頭を撫でられた。
途端に、眉間の縦皺が薄らぐのだから、我ながらなんとも現金だ。なんて思っていたら、急に彼女がこちらへ身を乗り出してきた。
「す」
重ねられた唇でわたしの声が途切れて、静かな車内に、まーの叫び声だけが微かに響いている。
会話を放棄していたとは言え、電話の最中なんだけどと、突然キスをしてきた雀ちゃんを咎めなければと思う一方で、いけない事をしている背徳感に胸がときめかなかった訳ではなかった。
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唇を離して悪戯っぽく間近で微笑む雀ちゃんに、「もう……!」と小声で怒ってみるけれど、彼女は素知らぬふりをして、わたしの携帯電話のディスプレイのスピーカーボタンをタップした。
『――ォナーアルドーォ、食わせろー!』
途端に車内に騒がしく響くまーの声。
「ワクドナルドの何が食べたいんですか?」
『ん? お、すずちゃん。買って来てくれるの!?』
「いいですよ。その代わりお仕事ちゃんと頑張ってくださいよ?」
『もちもちモチロン! じゃあオーダー送りまーす!』
その言葉を境に、静かになる。まだ通話は終了していないディスプレイの端をタップしてメッセージの画面をだすと、早速送られてきたメッセージ。
ざっと見て20個以上の注文の品がある。
「え、ちょっとこれ本当に全部買うの?」
『だってこっち4人分の注文だもの。うちの子達育ちざかりでー』
あぁ4人分なら納得する。まー一人で食べるなら多すぎるだろうと思ったのだけど、向こうには男性2人と女性2人がいるのだ。
そうは言っても……まーはそのへんの細っこい男性よりは随分食べるけれど。
「もし品切れとかで注文通らないやつあったら全部ハンバーガーに変更するからね」
『えーー。まぁ仕方ない。そのヘンは適当によろしく。領収もらってきてね。これは意地でも経費で落とさせるから』
「おっけー」
『あ、すずちゃんもなんか好きなもの追加していいからね。会社の金だ、どんどん使え!』
「あ、ありがとうございます……」
『じゃあよろしくー』
ぶつ。と切れる通話に、訪れる静寂。
静かになった車内で、わたしは溜め息を吐いた。
「ごめんね、雀ちゃん……ただでさえ送ってもらうの申し訳ないのに」
きっと、まーの事だ、わたしが車で送ってもらえるという情報を手にして、「あ、ワクドナルド行ってこれるじゃん」と思いついたのだろう。
抜け目ないひとだ、本当に。
会社の金だからどんどん使え、の言葉に苦笑していた雀ちゃんが、その表情を柔らかく変えてわたしの頭を再び撫でた。
「気にしないでください。夜のドライブデートだと思えば楽しいじゃないですか」
…………天使か。この子は。
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